第191話 優秀な子供を守るのも大人の務め

 ファクトリーに潜入してから三日が過ぎた。

 あれから面接官のオリーブと何回か顔を合わせたが、正体がバレている気配はなかった。


「ほらね、誰も気づいていないでしょう」


 コルトが得意そうにいう。


 ウィンディもマーリンもボロが出そうになることは何度もあった。

 でもコルトが助け舟を出してくれてピンチを切り抜けている。


(協力者って大切なんだな……)


 この短期間で少し成長した気がした。


 その日は休暇日だった。

 朝食の後、持ち回りの掃除を済ませたウィンディが歩いていると、数人の男子に絡まれているアーシアを見つけた。


 コルトの姿はない。

 アーシアが一人の時を狙って因縁をつけにきたのだと一発で分かった。

 負けん気が強くて体力もある兄と違って、妹は控えめな性格をしているのだ。


「やめなよ、あんた達」


 ウィンディは後ろから声をかけた。


「なんだ、お前」

「アーシアのルームメイト」

「女のくせに出しゃばってくるな。これは俺たちの問題だ」


 一人の腕をつかんでじ上げた。


「いたたたた……」

「私はファクトリーに雇われたばかりだから、ここをクビになっても痛くもかゆくもないわけですが」


 相手は必死に抵抗しているが、ウィンディの体はびくともしない。

 魔剣士の弟子にとって、一般市民なんて敵じゃない。


「くそっ……」


 捨て台詞を残して相手は去っていった。


「ありがとう、お姉ちゃん」

「大丈夫? 怪我はない?」

「うん、平気」


 アーシアに事情を聞いてみた。

 上のクラスにいる子供はやっかみの対象になりやすいそうだ。


「仕方ないの。私は若いから」


 アーシアは申し訳なさそうにいう。


「仕方ないことないよ。アーシアは何も悪くないでしょう」

「うん……」


 背後から名前を呼ばれたので振り返るとオリーブが立っていた。

 その隣には金髪を短く切りそろえた恰幅かっぷくのいい男性がいる。


 年齢は四十五くらいだろうか。

 アーシアが慌てて頭を下げたので偉い人なのだと分かった。


「こちらが先日加入した子です。元々ピサロのファクトリーで働いており腕は確かです」


 オリーブが紹介してくれた。

 この男が噂に聞くボルドーだった。


「一部始終を見させてもらったよ。アーシアを助けてくれてありがとう」


 ボルドーに握手を求められたので手を握ってみると、思ったより皮膚が硬くて驚いた。


 ボルドーとは二言三言だけ話した。

 言葉の端々からウィンディに対する期待が伝わってきた。


「何か困っていることはないかね」

「いえ、大丈夫です。周りが親切にしてくれるので」

「しかし、彼らは問題だね」


 アーシアに絡んできた連中のことだ。


「オリーブ、彼らの顔は覚えているかい。どうせ三号棟の子だろう。過去にも問題を起こしているようなら、これを機にクビにしなさい」

「えっ⁉︎ あの程度でクビですか⁉︎」


 口を挟んでからすぐ反省した。


「うちのファクトリーにとってはアーシアの方が大切。そういうことだよ。優秀な子供を守るのも大人の務めなのだ。それに規律というのは一度乱れると一気に乱れる。何度もルールを破る子供は腐ったリンゴくらいの害がある」


 目立つのもマズいと思い素直に同調しておいた。


(ジューロンのファクトリーが厳しいのは知っていたけれども小さな揉め事でクビなんだな)


(にしても腐ったリンゴか……)


 自分たちも気をつけよう。

 特にマーリン、天然なところがあるから。


 それからボルドーは近くの子供に声をかけていった。

 みんな愛想よく接しており、ボルドーが慕われているのは伝わってきた。


「アーシアもボルドー様のことは好きなの?」

「うん、最初に働いていたファクトリーの大人は意地悪な人が多かった。それに比べたらボルドー様もオリーブさんも何倍も親切なんだ」

「ふ〜ん……」


 ウィンディを探すマーリンが見えたので声をかけておいた。


 ……。

 …………。


 同じ日の午後、ファクトリーを去る子の送別会があった。

 いつもより豪華な料理が出てきて、楽しくワイワイ過ごす感じだ。


 この日見送られる子は五人いた。

 実家の都合とか、健康上の問題とか、理由はマチマチだった。


 アーシアに絡んできた連中の姿はどこにもなかった。

 コルトなら事情を知っていると思い聞いてみると、


「すでに荷物をまとめて出ていった」


 と教えられた。


「さっきまで同僚だったのに⁉︎ 送別会もないんだ⁉︎」

「仕方ないよ。ボルドー様は良い人だけれども、問題行動ばかり起こすやつには厳しいんだ。次の就職先を斡旋あっせんしてくれるだけマシだよ」


 甘いはずのジュースがちょっぴりビターに感じられた。

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