第180話 クロノスの瞳を使いこなす

 この空間でもっとも魔剣士に近い実力を持つのがシャルティナだった。


 勝てるとは思っていない。

 自分の力がどこまで通用するか試したい。


「好きなタイミングでかかってきなよ」


 シャルティナはだらりと腕を下げてウィンディの攻撃を誘ってきた。

 格上の余裕というやつか、と剣を構えながら思う。


 続々とギャラリーが集まってくる。

 ウィンディには『エリシア様の妹弟子』という肩書きがあり、マーリンほどじゃないにしても評価が先行している節はある。


 だったら実力で追いつく。

 グレイだってポテンシャルを見込んで弟子にしてくれたじゃないか。


 ジリジリと距離を詰めたウィンディであるが、最後の一歩が踏み出せない。

 少しでも甘い攻撃をしたら一発で負けてしまう。


「中々動かないね」

「シャルティナさんに隙がないんだよ」

「俺たち見習いじゃ鉄壁のガードは崩せないからな」


 周りの会話が聞こえるのは集中できていない証拠だろうか。


「ちょっと黙りなよ」


 シャルティナにしてはとげのある言い方だった。


「この子、少し前まで剣を握ったこともなかったんだよ。それなのにエリシア様が将来を嘱望しょくぼうしてるって、とても異常なことなんだよ」


 ライバルとして認められた。

 シャルティナの真剣な眼差しが今は嬉しい。


 やる。

 クロノスの瞳を使いこなす。

 疲弊ひへいしきっているシャルティナが相手とはいえ、まともな勝負に持ち込むには未来視でチャンスを作るしかない。


(以前のバリスタ戦で分かったけれども、戦いながら眼の力を使っちゃうと、猛スピードで体力と魔力をすり減らすんだよね)


 ウィンディが未来視を使ってきたのは、瞬間瞬間といった短時間のみ。

 反動がくることを恐れて乱発は控えてきたが、今後の戦いでは持続させることが要求される。


 大丈夫。

 バリスタ戦では思った以上に戦えた。

 極限まで集中力を高めていたからだ。

 この力を安定させれば一段高いステージへ行ける。


 挑戦者らしくウィンディから斬り込んだ。

 当然のようにガードされる。


 シャルティナの守りは単なる守りじゃない。

 流れるような動作で反撃へつないでくる。


 クロノスの瞳を発動させてギリギリ斬撃を避けると、すぐに二撃目を繰り出した。

 またガードされる。


 これでいい。

 ガードから反撃につなげるのがシャルティナの攻めパターンだとすれば、回避から反撃につなげるのがウィンディの攻めパターンである。

 どんな攻撃も当たらなければ怖くない。


「なかなか決着がつかないな」

「すごい。シャルティナさんの攻撃を紙一重で避けている」

「狙ってギリギリ避けているのか? 怖すぎて普通は無理だろう」


 同じような流れを十回も繰り返しているとシャルティナが変化してきた。

 攻撃にフェイントを織り交ぜてきたのである。


 これは辛かった。

 一瞬、シャルティナの体が二つに分裂したように映った。

 目の処理する情報量が二倍に増えてしまい、頭の中が一気に熱を帯びた。


 息も苦しくなる。

 すべてのエネルギーを目に持っていかれそうになる。


(落ち着け! シャルティナさんだって攻めあぐねている!)


 状況を打破すべく動いたのはウィンディだった。

 それまで右手に持っていた剣を左手へ持ち替える。

 単なるフェイクだが、相手の視線が横へスライドした。


 さらに右手へ剣を戻す。

 ちっぽけな揺さぶりだが、この模擬戦でシャルティナが初めて後ずさりした。


 一気に踏み込む。

 まともに剣と剣がぶつかったので、ウィンディは力任せに押した。


 バランスを崩したシャルティナが必死に反撃してくる。

 未来視で読み切り、カウンターを合わせる。


 狙ったのは魔剣アイギス。

 武器を叩き落としたら文句なしの勝利だろう。


「このっ!」


 残念ながら手首の力で勝つことはできず、剣を落としたのはウィンディの方だった。

 それでも作戦自体悪くなかったことは、呼吸を乱しているシャルティナの表情を見れば分かった。


「最後、危なかった」

「でも及びませんでした」


 最前列で観戦していたマーリンが力いっぱい拍手してくれた。


「ウィンディ、格好よかったのです!」


 拍手の輪は一斉に広がって、ウィンディを気恥ずかしい気持ちにさせた。

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