第181話 今はスキルの底上げが急務

 翌日もその翌日も修練場へ通った。

 シャルティナやスパイクがいたら手合わせを申し込んだし、他の強い人にも積極的に挑戦していった。


 グレイとは王宮で一日に一回くらい会っている。

 どういうルートか不明だが、ウィンディが最近頑張っていることは伝わっているらしく、一言褒めてくれた。


「俺が稽古の相手をしようか」

「いいのですか⁉︎」

「ウィンディは俺の弟子なんだ。遠慮するな。むしろ相手をできない日が多くて申し訳ない」


 二人は庭園で向かい合う。

 グレイの手に握られているのは練習用の片手剣である。


 いつもウィンディから攻め込んで、しばらくするとカウンターをもらうのがお馴染みの負けパターンとなっている。

 この日も呆気なく剣を弾き飛ばされた。


「前より強くなったな」


 グレイが剣を鞘に戻しながらいう。


 強くなったと言われても実感はまったくない。

 当たり前だが、グレイには手も足も出ない。


 どの辺りが成長したのか聞いたら、以前より隙が少なくなった、と教えられた。

 ピンとこないが、褒められるのは素直に嬉しい。


「ウィンディは確実に進歩しているのです」


 マーリンの方が嬉しそうなのはどういう理屈だろうか。


 この日はアッシュを捕まえて模擬戦をお願いした。

 以前なら十回やって一回勝てたら良い方だったけれども、今日は十回やって二回勝てた。

 アッシュも日々成長しているから、目覚ましい進歩といえた。


「ウィンディは時々、気持ち悪い動きをするな」

「気持ち悪いって何だよ」

「良い方の意味で気持ち悪いってことだよ」


 意表を突かれるらしい。

 相手の攻撃パターンを先読みして、ギリギリ回避するわけであるが、アッシュの目には気持ち悪いと映っているようだ。


「その眼、何だっけ? クロノスの瞳だっけ? 未来が見えるすごい眼なんだろう」

「そうだよ。でも、アッシュが思うほど便利なものじゃないよ」


 普通、未来視があれば百戦百勝できそうだが、そうなっていない。


 能力が安定しないのである。

 一瞬先の未来か、もう少し先の未来か、毎回異なっている。

 突きがくると思ったら、とっくに攻撃が届いていることもある。


 ウィンディの瞳には二つの世界、未来と現在が同時に映ることになる。

 人物が二重に見えるので、頭の処理能力がパンクしかけるのも辛い。


 今は能力を一割くらいしか発揮できていない。

 スキルの底上げが急務といえよう。


「慣れて強くなるしかないよ。この中じゃ私が一番弱いしね」


 うっかり失言してしまい、マーリンの顔を見た。


「そんなことないですよ。ウィンディは私の何倍も強いのです」

「そ……そうだね」


 反省のあまり冷や汗が噴き出た。

 マーリンが強いことは本人に内緒なのである。


「マーリンも毎日稽古しているのか」


 アッシュが問いかける。


「はい、エリシア様が用意してくれた擬似モンスターと戦っているのです。少しずつ成果が出ています」


 擬似モンスターというのは人工のスライムで、強さを微調整することができ、倒すたびにステップアップしていく。

 強さは百段階あるらしく、マーリンは下から五番目で手こずっている。


 ちなみにウィンディはレベル五十くらいまで倒せた。

 負けたら服の内側をまさぐられるという嫌なペナルティがついているのも特徴だ。


「もうすぐ王宮の外へ行くことになる。いつもと寝床が違うとか、小さな変化に慣れる必要がある。ここと違って常に新鮮な食料が手に入るわけじゃないしな。急に魔物が襲ってくることもある」

「頼りにしているよ、アッシュ隊長」


 三人の中では年長者のアッシュがリーダー格だ。


「楽しそうだな」

「まあね」


 ウィンディが知っている土地は故郷と王都ペンドラゴンだけ。

 名前だけは知っていても、絵でしか見たことない土地がたくさんある。


 魔女の渓谷ウィッチ・バレーとか。

 一度くらい出かけてミーティアに案内してもらったら楽しいと思う。


 しばらく雑談していると書類を持ったグレイがやってきた。


「三人とも、少し時間をもらっていいか」

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