第182話 人工魔石とファクトリー

 エリシアの執務室へ連れてこられた。

 アッシュは初めて入る空間なので、調度品などを物珍しそうに眺めている。


 書類にペンを走らせていたエリシアが席を立つ。


「よく来てくれました」


 ソファに腰かけるよう指示された。

 目の前のテーブルには大小さまざまの人工魔石が置かれている。

 中には子供の頭サイズの魔石もある。


 とても大きい。

 魔法街のお店にもたくさんの魔石があったが、こんな大物はなかった。


 許可をもらって持たせてもらった。

 乳白色のスベスベした石で、触れていると不思議と心が暖かくなる。

 マーリンと頭と比べてみるが、どっちが大きいか甲乙つけがたい。


(きっと魔石を作った人が頑張ったんだろうな)


 アッシュが興味深そうにしていたので渡してみた。


「俺は半可通はんかつうだが、このサイズの魔石は才能ある子供が二年か三年くらい頑張らないと無理じゃないか」

「どうして子供なの?」

「なんだ、ウィンディは自分で魔石を作っているのに知らないのか」


 魔石を生み出す能力というのは、ある年齢を境にして徐々に減衰していくそうだ。


 六歳から二十五歳までが適齢期。

 より具体的には十歳から二十歳がピークとされる。


「人工魔石を売って食い扶持ぶちを稼いでいる連中もいるが、いつまでも続けられる商売じゃない。この業界じゃ子供が重宝されるんだよ」


 全然知らなかったが、ウィンディもマーリンもベストな年齢に含まれている。


「アッシュも自分で魔石を作ったことあるの?」

「一度くらいはな。才能がないからすぐ諦めたが」


 他の魔石にも触れてみたが、さっきの一個より質の良さそうなやつは見当たらない。


 エリシアと目が合う。

 まさか人工魔石のコレクションを披露するため三人を呼んだわけじゃあるまい。


「これらは全国各他のファクトリーで作られた魔石です。産地によって色や形に特徴があります」

「ファクトリー?」


 初めて耳にするウィンディのためエリシアが解説してくれた。


「王都の人々が暮らしを営むにあたり、人工魔石は欠かせない存在となっています。この国の各地にはファクトリーがあり、毎月魔石が届けられるのです」


 ファクトリーで働いているのはウィンディやマーリンくらいの年齢の子らしい。

 親がいない孤児だったり、貧しい家の子が大半だ。


「ずっと昔、子供を酷使していたため問題となりました。朝から晩まで働くことを強制したり、子供が体調を崩しても満足な食事や薬を与えなかったのです。ですが、質のいい魔石を生み出すためには子供の体調管理も大切という意識が広まり、従事者を酷使するファクトリーは数を減らしました」


 まだゼロではないようだ。


「一個のファクトリーでは何人くらい働いているのですか?」

「小さいところで五十人規模、大きなところだと五百人を超えます。大半のファクトリーは子供が寝泊まりする寮を備えています」


 普通、ファクトリーは土地の領主が経営している。

 設備にそれなりの投資がいる他、土地の経済を潤すという目的も兼ねているからだ。

 中には隣の領地から子供を借りてくるところもある。


「つまり、質のいい魔石を生み出しているファクトリーは子供を丁重に扱っているということですね」

「おおむね正しいです。絶対とは言えませんが」


 現行のルールは次のような感じ。


 太陽が出る前と太陽が沈んだ後は子供を働かせてはならない。

 七日の内一日は休息日を設けないといけない。

 一日三食与えること。

 昼食の休憩を与えること。

 体調不良を訴える子を働かせてはならない。

 などなど。


「これらの労働基準が守られているか、陛下の代わりに魔剣士が監視しています。視察という形で実際にファクトリーを訪れるのです」


 呼び出された理由が分かってきた。

 ウィンディたちをファクトリーへ出張させる気なのだ。


「視察があることは事前にファクトリー側へ通達するのですか?」

「それだと視察の意味が半減しますから。抜き打ちという形で潜入します。もっともファクトリー側も定期的に視察があることは理解しており、不都合な真実がバレないよう工夫していると思いますがね」


 何だか楽しくなってきた。

 ファクトリーを見学できるのもそうだが、ウィンディたちが不正を暴けば、土地の人たちの救済になるかもしれない。


「視察はいつも魔剣士見習いが行っています。そこでウィンディとマーリンに協力してほしいのです。アッシュは二人の保護者役としてファクトリーまで同行してもらいます」


 エリシアの頼みとあらば断る理由はない。

 このミッションは平和そうだし、マーリンに危害が及ぶこともないだろう。


「じゃあ、三人に向かってもらうファクトリーをこれから決めます。判断の材料がないでしょうから、好きな魔石を選んでください。どれも今回視察対象のファクトリーから送られてきたものです」


 ウィンディの気持ちは決まっていた。

 どうせなら一番大きな魔石を作っているファクトリーに潜入したかった。

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