第183話 エリシア様が大変な時期というのに

「マーリンはどの魔石を気に入った?」

「私が選ぶなんて差し出がましいのです! むしろ受け入れてもらったファクトリーに多大な迷惑をかける未来しか見えないのです!」

「大げさだな〜」


 全力で手をブンブンする様子が愛らしい。


(マーリンっていつも受け身で主体性がゼロなんだよね。妹みたいで守ってあげたくなるのだけれども……)


 ちなみにウィンディは妹だ。

 ガサツな性格をしているから『お前はちっとも可愛くない』といわれて育ってきた。


「じゃあ、一番大きな魔石を作っているファクトリーにしようよ。どうやって作っているのか興味あるし。人が多いところの方がスパイってバレないと思うし」

「スパイですか⁉︎」

「そうだよ。立派なエージェントだよ」

「あわわわわっ⁉︎ 発覚したら水責めにあいそうです!」


 マーリンは今からビビっており、保護者役のアッシュも呆れ顔になっている。


「大丈夫ですよ、マーリン」


 横からフォローしたのはエリシアだ。


「あなたはミスリルの魔剣士の弟子ですから。上手くやれます。ちゃんと出立の前にお守りを渡してあげます」

「エリシア様がそうおっしゃるのでしたら……」


 プレゼントをもらえると知り、マーリンの頬がぽっと赤らむ。


「あの……一個だけエリシア様に頼みたいことが……」


 目を丸くするエリシア。


「ナナシーのお世話を信頼できる誰かに任せていただけないでしょうか」

「ああ……」


 ナナシーというのはマーリンが世話しているフェアリー・バードの名前である。

 仮の名のはずが、すっかり定着している。


「安心してください。あの子のお世話は引き継ぎますから」


 三人はさっそく旅の支度に取りかかった。

 アッシュは遠征に慣れており、必要なものリストを渡してくれた。


 携帯できる食料とか、雨具とか、ほとんどの品は王宮でそろう。

 足りないものは城下街へ買いに行った。


 目的地までは片道四日くらいかかる。

 アッシュが地図を持ってきてくれて三人でルートを確認した。


「風邪には気をつけろよ。まさか病人をファクトリーに送り込むわけにはいかないからな」

「分かっているよ。ね、マーリン」

「承知です」

「にしてもジューロンか」


 アッシュがあごの下をこする。


「行ったことある土地なの?」

「何回かな。三本の指に入る巨大ファクトリーがある。人工魔石の生産で潤っている土地だ。王都に比べりゃ田舎だが、わりと裕福な部類に入るだろう」


 ジューロンの地を管理しているのはボルドーという名の領主らしい。

 アッシュいわく、良い評判を聞くこともなければ悪い評判を聞くこともない男とのこと。


「子供を使ってお金儲けしているなんて悪いやつに決まっているよ」

「ウィンディって極端だよな。間違っても感情を顔に出すなよ」


 今日はもう遅い。

 明日の出発に備えて寝ようという話になった。


 ……。

 …………。


 旅立ちの朝になった。

 グレイがウィンディのため魔除けのお守りを用意してくれた。

 シンプルなネックレスで、先端のところに丸い石がついている。


「気休めくらいの効果だが、ないよりマシだろう」


 プレゼントを首にかけてもらった。


 エリシアからマーリンへ贈ったのは腕輪だった。

 合宿の時に身につけていた自動で防護結界シールドを張ってくれる魔法道具マジック・アイテムで、性能をさらに上げたものだ。

 日が経つにつれて効果は減っていくが、マーリンに鉄壁の守りを提供してくれる。


「ありがとうございます! 大切にします!」

「ちゃんと無事に帰ってきてくださいね」


 これから出立する三人にエリシアはハグしてくれた。


「二人を頼みましたよ、アッシュ」

「は……はい」


 アッシュは美人に弱いのか死ぬほど赤面していた。


 もう一度ネックレスに触れてみる。

 次にグレイと会う時、今より成長していたいと思う。


 三人で白亜の門を抜けようとした時、マーリンがダッシュで引き返して、エリシアに思いっきり抱きついた。


「エリシア様が大変な時期というのに、お役に立てない弟子で申し訳ありません」

「何を言っているのです。マーリンは十分に役に立ってくれているじゃないですか」

「本当ですか?」

「もちろん」


 マーリンは泣き出しそうな目をゴシゴシしている。


 ウィンディが空を見上げると、白い群鳥が三角になって飛んでいた。

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