第179話 好きは良いことなのです

 ステーキ肉をご馳走してもらった後。

 王宮に戻って一眠りしたウィンディは、モチモチしたものが触れる感覚で目を覚ました。


 マーリンの頬っぺただった。


 添い寝している最中に寝落ちしたらしい。

 く〜く〜呼吸するたび薄っぺらい胸板が上下しており、生きてる人形みたいで愛くるしい。


 マーリンの目は大きくてまつ毛も長い。

 きっと母親が絶世の美人で、その血を引いているのだろう。


(グレイ様は経験を積むために外の世界へ出ろといったけれども……)


 目的は他にもあると思う。

 マーリンが一体何者なのか。

 外の世界を散策していたら答えの見つかる日がくるかもしれない。


(マーリン自身はどうなのかな? 自分が何者か知りたいのかな?)


 近くで観察している感じだと、そんな様子はない。

 エリシアの専属メイド兼愛弟子として楽しい日々を過ごしている。


 その一方、強くなりたい意思はあるらしい。


 なぜマーリンが記憶と実力を封印しているのか。

 何のための封印なのか不明だが、三百年前のマーリンに戻るしか強くなる道はないような気もする。


「どっちのマーリンも好きだよ〜」


 命の恩人だしね! という意味を込めてハグすると、オッドアイがパッと開いた。

 起きていた……しかもセリフを聞かれた。


「はい、私もウィンディのことが好きですよ」

「あ……いや……さっきのは変な意味じゃなくて」

「好きは良いことなのです」


 真顔で言われると照れてしまい、ウィンディは視線をそらして上体を起こした。


 マーリンって人たらしだ。

 その点は師匠のエリシアに似ている。


「ウィンディは熟睡していました。気分はどうですか」

「うん、頭の中がすっきりしたかな」


 半日くらい寝たと思ったが、まだ外は明るく、仮眠の範囲内であった。


 今すべきこと。

 一日でも早く強くなること。

 ウィンディは棚に置いてあった剣をつかみ腰に装備した。


「ねぇ、これから二人で修練場へ行かない?」

「行きたいです! ぜひ案内してください!」

「じゃあ、マーリンも動きやすい服に着替えてきて」


 ベッドから抜け出したマーリンは元気よく「はい!」と返事した。


 ……。

 …………。


 見習いたちが使っている修練場の存在は、以前にグレイから教えてもらった。

 ウィンディとマーリンは地図を片手に目的地へとやってきた。


 想像より大きい。

 グラウンドがあって、屋内の施設があって、多数のトレーニング機器が置かれている。


 ざっと見た感じ百人くらいの見習いがいる。

 合宿で知り合った子もいて、ウィンディと目が合うなり手を振ってくれた。


 模擬戦のためのコートへ向かった。

 大きな石板が置かれており、細かいルールが明記されている。


 今対戦しているのはシャルティナとスパイクだった。

 どちらも高弟なので大勢のギャラリーに囲まれている。


「あの二人、朝から三十回くらい対戦しているよ」


 男の子が教えてくれた。


「対戦成績は?」

「ほとんど互角かな」


 襲撃の件があり一睡もしていないはずである。

 なのに両者の顔には鬼気が満ちている。


「あっ〜! くっそ!」


 対戦に負けたシャルティナが天に向かって吠えた。


流石さすがに一回休憩するか」


 スパイクがタオルで顔の汗をぬぐう。


「もう一回やろう。それが終わったら休憩」

「ああ、いいぜ」


 二人とも昨日までとは別人みたいだ。

 落ち込んでいたシャルティナも吹っ切れている。


 激戦が終わり一息ついているシャルティナに恐る恐る声をかけた。


「私と手合わせしてもらえませんか」

「ん? ウィンディが私と?」

「無理そうならいいです」


 わざわざ『無理そうなら……』と断りやすくすることで、逆に受けてもらおうという魂胆である。


「いいよ、今からやろうか」


 シャルティナは片結びにしている髪を解くと、ポニーテールに結び直した。


「これでも私、グレイ様の手ほどきを受けていますから。手加減とか要りませんので」

「じゃあ、私も本気でいかないとね」


 心配性のマーリンが『あわわわわっ⁉︎』の顔になった。

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