第178話 お互いに貴重な情報源というやつ

 白亜の門のところで意外な人物が待っていた。


「よっ、昨夜は大変だったな」


 アッシュである。

 呼び出したのはグレイで、街の様子を調べさせていたらしい。


 個室が使える肉料理のお店へ四人で向かう。

 ウィンディは昨夜からスープ一杯しか口にしておらず、お腹の減りは極限レベルまで達している。


「お肉の焼き加減って、どれを選んだらいいのでしょうか」

「私と同じミディアムレアにしなよ」

「じゃあ、それにします」


 マーリンは初めてのステーキ屋だから、落ち着きなくソワソワしている。

 かくいうウィンディも高そうなレストランに入るのは初めてだ。


「人々の様子はどんな感じだった?」

「王宮で何かしらのトラブルが起こったことは知れ渡っている様子でしたね。人によっては、巨大なバケモノを目にしたって主張していますが、今のところ半信半疑という感じです」

「正しい情報が広まるのも時間の問題というわけか」


 グレイの心情はうまく読み取れない。

 完ぺきに落ち着いているようにも見えるし、実は悩んでいるようにも思える。


「王宮から何かアナウンスを出すのですか?」

「そのつもりだ。不安がっている人が多いだろうしな。怪我人が数名出た、くらいの情報はオープンにしておこうと思う」


 魔剣を奪われたことは伏せておく、というニュアンスが言外に含まれていた。


「アッシュにも情報共有しておく。昨夜、魔剣保管庫に襲撃があって、俺たちが奪い取った魔剣を奪い返された」

「例の三人組ですか?」

「プラス一名、若い女がいる。ソフィアと名乗っていた。四人の中じゃもっとも若いが、こいつが指示役で間違いない」


 ウィンディたちと面識があることを伝えると、アッシュは驚きのあまり目を見張った。


「よく生きていたな。例の三人組よりヤバい女なんだろう」

「違うよ。前にもアッシュに話したでしょう。豊穣祭エリシア・デイの日にマーリンが誘拐されて、助けてくれた人がソフィアさんなんだよ。信じてくれとは言わないけれども、どちらも同じソフィアさんだった」


 すると顔色を暗くしたのはマーリンだ。

 直接見たわけじゃないから、ソフィアが敵といわれてもに落ちない。


「やっぱり信じられません。ソフィアさんはとても優しい魔力の持ち主でした。まさかエリシア様と敵対するなんて」


 マーリンがショックなのは痛いほど分かる。

 命の恩人が敵だなんて、想像しただけで憂鬱ゆううつになるだろう。


「にしても敵さんは、どうやって魔剣保管庫を開けたのですかね」


 アッシュが危ない質問を口にする。


「想像に任せるとしか言えない。でも、保管庫の開け方を知っていたのは間違いない。これは俺の推測なのだが……」


 ソフィアは魔剣ラグナロクを所持している。

 エリシアと同じく魔剣の声が聞けるのなら、愛剣から知識を仕入れている可能性が大きい。


「他にも色々と知っている様子だった。俺たちにない知識までソフィアは持っている。やつらの目的を勝手に決めつけるのは危険だろうな」


 扉をノックする音がして、人数分のステーキが運ばれてきたので、いったん真面目な話は打ち切りとなった。


 肉に芳醇ほうじゅんなソースを絡めて一口頬張る。


 おいしい。

 が、味が薄いように感じてしまう。


 きっと疲労のせいだ。

 ウィンディとグレイは一睡もしておらず、今すぐ横になって寝たいのが本音である。


 マーリンはおいしそうに食べている。

 この子を観察していると、いつも癒されてしまう。


 アッシュは大きな口でパクパクと食らいつく。

 するとウィンディの食欲まで刺激されて、負けじと肉を完食した。


「今日三人を集めたのは、今後について話すためだ。国がこんな状態だからこそ、三人の力を貸してほしいと思っている」


 ミッションを与えられる予感がしてごくりと喉を鳴らす。


「そろそろ外で任務をこなしてもらおうと思っている。特にウィンディとマーリン。いつも王宮の中にいてばかりじゃ、経験できることも限られるだろう」


 王都を離れる時は経験豊富なアッシュがつく。

 しばらくは簡単なミッションをこなしてもらう、という内容だった。


「あわわわわっ⁉︎ 外の世界なんて怖いのです! 魔物が出たら腰を抜かしてしまいます!」


 マーリンが青ざめるものだから、本来の強さを知っているアッシュは反応に困っている。


「ウィンディを外の世界へ送り出すのには、もう一個狙いがある。俺たちの陣営でソフィアについて一番詳しいからだ」


 向こうからウィンディに接触してくるかもしれない。

 魔剣を集めている目的だったり、敵戦力に関する情報だったり、知りたいことは山ほどある。


「ソフィアはウィンディを攻撃することはないと、俺たちは勝手に判断した。もちろん根拠なんてないし、いつ相手の気が変わるか分からない」

「裏を返せば、ソフィアさんも私から情報を聞き出したいってことですよね」

「よく分かっているな。お互いに貴重な情報源というやつだ」


 どこまで情報を開示していいのか。

 ウィンディが注意しないといけないのは、その一点のみ。


「ウィンディが知っていることは全部教えていい。向こうもウィンディが見習いと知って接近している。下手に嘘をつくよりかは、コミュニケーションの窓口として健全に機能した方がいい。二人の年齢も近いしな。仲良くしろとは言わんが、無理に避ける必要もない」


 肩にのしかかるプレッシャーが急に増したような気がした。


「最後に一個だけ教えてください。エリシア様はソフィアさんを倒すべき敵として認識しているのでしょうか」

「時と場合によっては葬るしかないと思っている。もちろん、エリィとソフィアに戦ってほしくないのは俺も同じだ。現実問題、ソフィアの力に対抗できるのはエリィしかいない。そして武力で決着をつけるのは最後の手段にしたい」


 なるべく血を流さないためにもソフィアについて詳しくなる必要がある。


「ウィンディなら大丈夫ですよ。頼りないかもしれませんが、私もサポートしますから」


 小刻みに揺れる手をマーリンが握ってくれた。

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