第121話 二人とも、下がっていてください
最奥の扉へやってきた。
幾何学模様の石板が道をふさいでおり、一文のメッセージが刻まれている。
辞書を片手に古代文字を翻訳したエリシアは、
「原初の記憶へたどり着くための鍵が眠っている」
と呟くように言った。
「原初の記憶だってさ。
グレイとまったく同じことをネロも考える。
「気になるのは、この中に眠っているのは鍵であり、原初の記憶ではないということです」
辞書をパタンと閉じたエリシアが問題の核心を突いてくる。
この際、原初の記憶とやらの正体は何でもいい。
鍵というのはグレイたちが想像する鍵なのだろうか?
「この空間を用意したのがアーサー王だとするだろう。俺の推測だと、すでに二人の人物がここを訪れている」
二代目ミスリルの魔剣士イクシオン。
三代目ミスリルの魔剣士エリシア。
「持ち逃げされていないだろうか。それとも二人は鍵をわざわざ地下迷宮に戻しにきたのか」
グレイが視線を向けると、エリシアもネロも
「逆に考えてみようぜ。戻しに来ざるをえなかった。これならどうだ」
ネロが言う。
「戻しに来ざるをえなかった理由は二つ考えられますね。一つは、鍵が手に入っても目的地までたどり着けなかった。後世の人間にミッションの続きを託した可能性です。もう一つは、自分たちが目にした原初の記憶とやらを、後世の人間にも見てほしかった可能性です」
グレイはエリシアの肩に手をかける。
「考えても仕方ない。先へ進んでみよう。そもそも鍵が眠っているかも分からないしな。別物とすり替えられている可能性の方が大きいだろう」
「そうですね! 先代のエリシア様が万能薬のレシピを隠しているかもしれませんしね!」
「案外、魔剣エクスカリバーが何かの鍵かもしれない」
扉にはアーサー王の封印がかけられていた。
直系の男子じゃないと解けないやつ。
「いくぞ」
ネロの手が触れる。
幾何学模様が淡いグリーンの光に包まれて、石と石のこすれる音が響いた。
帰還した王様を迎える臣下のように、扉は左右へと勝手に開いていく。
「ムダに格好いい」
「さすがネロです!」
駆け出そうとした二人をグレイは制止する。
「最後の最後にトラップが待ち受けているかもしれない。俺たちは今、もっとも油断している。ゆっくりと進もう」
「確かに! 師匠のおっしゃる通りです!」
周りを警戒しながら中へ踏み込んだ。
ここだけ床の材質が違う。
青いタイルが敷き詰められているのだ。
人が歩くたびに体重のかかった部分が発光して、波紋のような光が広がっていく。
「なんだ、これ。すげぇ」
幻想的な景色に感動したネロがあちこちのタイルを光らせる。
グレイの靴が硬いものを踏みつけた。
持ち上げてみると、動物の形をした金塊だった。
一個だけじゃない。
金や銀の装飾品、宝石をはめ込んだ剣や盾。
花が咲いていると思ったら、貴金属で作られており、見る角度によって色が変わる。
「まるで王宮の宝物庫に忍び込んだ気分だな」
一個をポケットに隠そうとしたネロの首根っこをエリシアの手がつかむ。
「ネ〜ロ〜」
「子供たちに自慢しようと思ったのに」
「クソガキかよ」
豪華なのは分かった。
しかし肝心の鍵らしきものが見当たらない。
「師匠、見てください」
エリシアの指差す先に巨大なクリスタルがあった。
グレイの体よりも大きな魔石が、地面すれすれの高さに浮いており、淡い光を四方にばらまいていた。
表面が床や天井を反射していたから、単なる鏡かと思っていた。
何より信じられないのが……。
「女の子が閉じ込められています」
長い金髪の持ち主が、一糸もまとわぬ姿で、体を折りたたんだ状態でクリスタルの中に封じられていた。
年齢は十三歳くらいだろうか。
どうやって魔石の中に入ったのか不明だし、生きているのか死んでいるのか分からないが、肌は生きている人間と同じ色をしている。
「まさか……」
「この子が……」
「鍵なのか?」
三人は顔を見合わせた。
迷宮に隠されていたのは、魔剣でも、伝説の薬草でも、古代兵器でもなかった。
「ちょっと待て、ちょっと待て、水や食料がない空間なんだぞ。どうやって生きるんだよ。しかも地面からふわふわ浮いてるし」
ネロが冷静に突っ込む。
「この魔石、継ぎ目が見当たらない」
あらためて少女を見つめる。
これと同じ景色を先代のエリシアも見たというのか。
(もし少女を解放したとしよう。突然暴走を始めたら、俺たちの手に負える代物なのか?)
王都が火の海になってから後悔したのでは遅い。
「二人とも、下がっていてください」
エリシアが腰の魔剣を抜いた。
グレイたちが止めるより早くクリスタルに鋭い斬撃を叩き込んだ。
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