第122話 この子は私が育てます!

(いきなり斬りつけて大丈夫なのか⁉︎)


 エリシアは使い終わった魔剣をさやに戻した。

 あまりの大胆さに度肝どぎもを抜かれたグレイはクリスタルに駆け寄る。

 クモの巣のような亀裂が入っており、自壊するようにヒビは拡大していく。


「問題ありません。魔剣アポカリプスがこの場で彼女を出してあげなさい、と私に告げてきました。この子の助言が間違っていたことは一度もありません」

「なるほど……」


 この場で少女を解放するにしても、全裸はマズいだろうと思い、グレイは愛用のマントを外した。


 クリスタルの崩壊が終わりかける。

 急に重力を思い出したみたいに、少女の体は前へと傾き、グレイの両腕に倒れてきた。


「…………」


 普通だ。

 ちゃんと呼吸しているし、鼓動だって感じられる。

 エリシアやネロが体の一部に触れてみるが、どこも変わったところはなく、人間じゃない部分は見つからない。

 よって人を模した魔法道具マジック・アイテムという可能性はなさそう。


「完全に意識を失っていますね」

「おい、この子の頬っぺた、スゲェもっちりしている。赤ちゃんのお尻みたいで柔らかい」

「あ、本当です! ずっとモミモミしていられます!」

「お前たち、玩具おもちゃにするんじゃない」


 いつ目を覚ますか分からない以上、さっさと迷宮から退却すべきと考えて、グレイはマントで包んだ少女をお姫様抱っこした。


「グレイが持っていると人攫ひとさらいにしか見えね〜な」

「だったら、お前が背負うか?」

「師匠、女の子を誘拐しちゃったのです」

「エリィまで……」


 名前は何かとか、年齢は何歳だとか、クリスタルに封じられていた理由とか、気になることを挙げたらキリがないが、細かい詮索は少女が目を覚ましてからでいいだろう。


 とにかくお宝はあった。

 年端もいかない金髪少女という予想の斜め上をいく遺産が。

 

「でもよ、オイラの勘違いでなければ……」


 階段をのぼり、温室まで戻ったところで、ネロが金髪を一房すくう。


「俺も気づいている。この子、魔剣士になれる側の人間だ」


 秘めている魔力の量が尋常じんじょうじゃないくらい多い。

 百万人に一人とか、下手すると五百万人に一人くらいの逸材で、すでにグレイの魔力を超えている。

 もっとも、八歳だったエリシアはもう一段上だったが……。


「決めました!」


 エリシアの大声が温室に響いた。


「この子、私の弟子として育てます! 弟子の第一号に決定なのです!」


 いやいやいやいや……。

 未成年を弟子に迎える場合、親の許可を取りつける必要があるのでは? と考えてから、この子の両親はとっくに天寿をまっとうしていることに気づいた。


「ふむ、エリィの弟子か。最近はずっと弟子を欲しがっていたしな。天からの贈り物のようなタイミングではあるな。年齢的にも悪くない」

「でしょ! でしょ! この子は私が育てます!」


 エリシアは眠っている少女のおでこに軽くキスを落とす。


「妹みたいな存在です」


 エリシアに弟子ができた。

 グレイにとっては孫弟子にあたる。

 たった一日で何歳か老けた気分になったが、エリシアが嬉しそうなら何でもいいか、と自分に言い聞かせたグレイは、父親のように目を細めた。


「何歳なのでしょうか。十二歳から十四歳くらいに見えますが……。体の線が細いですね。たくさん食べさせて、たくさん太らせるのです。この時代のデザートの美味しさを教えるのです」


 急に師匠ヅラし出したエリシアがおもしろく、グレイとネロは同時に笑った。


 帰りは人に見つからないよう移動した。

 レベッカには今日中に共有するつもりだが、しばらくは魔剣士内の秘密にしておきたい。


「私の寝衣しんいを着せましょうか。かなりブカブカしていますが」


 エリシアがいつも寝ているベッドに横たえて、目を覚ますのを三人で待つ。

 落ち着かないのは全員一緒で、グレイは意味もなくウロウロし、エリシアは一方的に少女に話しかけ、ネロは紅茶を十杯くらい淹れていた。


「なあ、エリィ。魔剣アポカリプスならこの子の名前を知っているのではないか。三百年前に会っている可能性はあるだろう。エリィがお願いしたら名前を教えてくれるかもしれない」

「おおっ! その発想はなかったのです!」


 エリシアは腰の剣を抜いて、祈りを捧げるように構えた。


「ねぇねぇ、魔剣アポカリプス。この子の名前を知っていますか。もしご存知なら教えてください」


 エリシアは二回ほど頷くと、少し意外そうな顔をしてから剣を鞘に収めた。


「魔剣が言うにはですね……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る