第104話 私が未来を変えてあげます

 いよいよファーランの順番が回ってきた。

 他のお客同様、片手を差し出す訳であるが、一点だけ違うところがある。


 ジャラジャラジャラ〜、と。

 財布から大量の金貨を取り出したのである。


「ファーラン、お金持ち! エリィもお金欲しい! エメラルドのせいで素寒貧すかんぴんなの!」


 肩車中のエリシアが色めき立つ。


「こら、大人しくしなさい。八歳の子供がお金お金言うものじゃありません」

「ぶぅ〜」


 エリシアを自称する謎の少女は、一瞬だけ『こんなにもらえるの⁉︎』『こいつ何者⁉︎』と年相応の反応を見せたが、すぐに上品なスマイルを取り戻した。


「随分と気前の良いお客様ですね。お若いのに」

「あなたの方が若いですよ、エリシア様。ただし、条件があります。あなたが占いを当てたら金貨を差し上げます」

「ほう……」

「もし外したら、本当の名前を教えてください」

「いいでしょう。といっても、私の名はエリシアですがね」


 ピリピリと火花を散らす二人。


 短いやり取りで判明したことがある。

 少女はファーランの顔や声を知らない。


 地方から出てきた子だろうか? とグレイは推理してみる。


「わくわく。エリシア様とファーラン、どっちが勝つかな」

「あのエリシア様、偽物だけどな」


 けれども能力は本物だ。

 他人の過去や未来をのぞけてしまう。

 条件などは一切不明だが、ハッタリじゃないことは、これまでのお客数名が証明している。


(もし、少女がファーランの過去をのぞいてしまうと……)


「あなた、三年前に兄を亡くしましたね……」


 そこで少女は言葉を失った。

 目の前にいるのが現役の魔剣士だと気づいたらしい。

 名をファーランといい、本物のエリシアと親交があることも知っただろう。


「どうしました? 続きを」

「…………」

「ほら、早く」


 絶句する相手にファーランは追い討ちをかける。

 少女の手足は遠目でも分かるほど震えており、見ていて可哀想な気持ちにさせられる。


「クロノスの瞳」


 ファーランがポツリという。


「過去視や未来視といった能力の保持者は、古い文献ぶんけんにたくさん登場します。時間の神様クロノスになぞらえて、クロノスの瞳の保有者と呼ばれたりします。見たところ、あなたは過去視と未来視の両方を備えているようですね。一体、何者なのでしょうか」

「いや……それは……」

「て、エリシア様ですよね」


 ファーランはにこりと笑い、気圧された少女の椅子がギギッと鳴る。


 この場でファーランに殺されるか、あるいは目玉を奪われる。

 そのくらいの恐怖を味わっているはず。


「あなたが震えている理由、当ててみましょうか。見てしまったのですよね。ここに警察ウィギレスが駆けつける未来を。あなたが捕縛される場面を」

「いや……あの……違うんです」

「何が違うのですか」


 ファーランが立ち上がった時だった。

 たくさんの足音が迫ってきて簡易テントを取り囲んだ。


 この地区を管轄している警察ウィギレスが五名。

 他にもう一人、グレイの知った顔があり、『こいつがエリシア様の偽物です!』と人差し指を向けている。


(あの男……脳天に鳥のフンを食らったやつか)


 笑い者にされた腹いせに通報した。

 そんなところだろう。


「私、本当にお金が必要で……」

懺悔ざんげの言葉なら後で聞きましょう」

「えっ……」

「私が未来を変えてあげます」


 泣き崩れそうになっている少女をかばうようにファーランは両腕を広げた。


「我が名はサファイアの魔剣士ファーラン! これは一体何の騒ぎですか⁉︎」


 すると警察ウィギレスのリーダーが進み出てくる。


「ファーラン様でしたか。気づかずに失礼しました。実はエリシア様の名前を騙る者が占い屋をやっているという通報を受けまして、真相を確かめにきたのです」


 通報人の男が少女をののしる。


「こいつがエリシア様の偽物だ! 俺の有り金をすべて奪いやがった! これは立派な詐欺さぎだろう!」

「いいえ! 本物のエリシアです!」

「ッ……⁉︎」


 ファーランが否定したせいで、顔を見合わせる警察ウィギレスたち。

 納得できない男は顔を真っ赤にしてファーランに突っかかる。


「本物なわけあるか⁉︎ どうしてミスリルの魔剣士様ともあろうお方が、下流の人間がたくさん住んでいる区画に顔を出すんだよ!」

たわけめ。口の利き方に気をつけなさい。私が嘘をついているとでも」

「いや……そういうわけでは……」


 下流の人間が住む区画。

 そのセリフで興味が削がれたらしく、観衆はゾロゾロと去っていく。


「ファーラン様、水を差してしまいました。よろしければ握手していただいても?」

「はい、お勤めご苦労様です」


 警察ウィギレスの面々もそそくさと去っていく。

 残されたのはグレイたち一行と、呆然とする少女、気絶しそうな男だけ。


「ファーラン、女の子を助けちゃった」

「とっちめてやる、と散々口にしていたのにな」

「でも、警察ウィギレスがやってくるって、なぜ分かったのかな?」

「足音だな。ファーランは五感が優れているから。それで未来を予知したのだろう」

「あ〜、なるほど〜」


 机の金貨を回収したファーランは、きれいなハンカチを取り出すと、何も言わず少女の頭にかぶせた。

 彼女の泣き顔が周りから見えないように。

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