第105話 ドラゴンの卵と、謎の親切おじさん

 滝のような涙を流した女の子は、貝のように黙りこくったかと思いきや、また滝のような涙を流した。


 天才と呼ばれる役者でもここまで大泣きするのは無理なのでは? と思うほどの号泣っぷりに、グレイの胸まで痛くなる。


「はい、ジュース」

「ん?」


 飲み物を差し出すエリシアと少女の視線がぶつかる。


「エリシア様、フルーツジュースが嫌い?」

「見ていたでしょう。私は本物のエリシア様じゃないの」

「そうなの? だったら何でエリシア様のフリしたの?」

「だって……そっちの方が……」


 お金が稼げるし。

 恥ずかしそうに返事する少女の声は弱々しい。


「まあまあ、これでも飲んで元気を出しなよ」

「あなた何歳? 子供のくせに堂々としているのね。しかも変な服装。一枚布トーガってやつでしょう。昔の学者みたい」

「エリィ、今哲学者ごっこやっている。ちなみに偽エリシア様も子供」

「悪かったわね。子供で……」


 ジュースを一気飲みした偽エリシアの顔に元気が戻ってくる。


「エリィの哲学者ごっこに付き合って! エリィ、誰かを論破したい! 猛烈に論破したい!」

「えぇ……論破したいって……。そうね。この世に神様はいません。なぜなら今、私は絶望のふちに沈んでいるからです」

「そんなことないよ。私たちが出会えたのは神様のお導きだよ。はい、論破!」

「アハハ……君って無茶苦茶だなあ」


 エリシアの頭に触れた少女はハッとする。


 意図せず流れ込んできたらしい。

 ミスリルの魔剣士が持つ記憶の断片というやつが。


「嘘……でしょ……」


 空になったジュースの容器が落ちる。


「こんなに小さいの⁉︎ エリシア様って⁉︎ 十八歳って聞いていたのですが⁉︎ まだ十歳にも達していないですよね!」

「エリィがこんな体になったのには、とてもとても深い理由があるのです」

「は〜、そうなんだ」


 目を白黒させた少女は身の上話を聞かせてくれた。


 名をウィンディという。

 歳は十六で、王都からずっと北にある村の出身。

 過去視と未来視の能力は生まれつき備えていたらしい。


「この力を使っちゃいけないって、両親からは釘を刺されていたけれどね。悪い人に利用されるからって。て、魔剣士ともあろう方がお二人も道草食っちゃっていいのですか?」

「心配ありません。今日はオフの日ですから」


 ファーランが答える。


「へぇ……魔剣士様にもオフの日とかあるのですね。こちらの男性は?」

「俺はエリシアの護衛役だ。気にせず話を続けてくれ」


 話はウィンディの故郷に戻る。


 疫病が出たらしい。

 黒粗病こくそびょうといって、手足に黒い斑点が浮かび、とてつもない倦怠感けんたいかんに襲われてしまう病だ。


「村人が次々と倒れて……私の両親も倒れちゃって……疫病の噂が広まってから、他の村の人は私たちの村に近づかなくなっちゃって……。物資の補給もままならないし、とにかく私の故郷は風前の灯なのです!」


 救いの手を差し伸べてくれた医者の話によると、黒粗病には一つだけ解毒の手段があるという。


 ウィンディは薬を求めて王都へやってきた。

 お店をしらみ潰しに回り、とうとう見つけた。


「千年竜の卵というのです。で、私がその卵を買おうとしたら……」


 謎の男が声をかけてきたらしい。

『待ちな、お嬢ちゃん、その卵は偽物だぜ』と。


 グレイはファーランを見た。


「そうですね。千年竜の卵はとても貴重です。昔は不老不死の妙薬と呼ばれていましたから。おそらくペンドラゴンで売られている卵は偽物かと。本物なら一等地に家が買えるくらいの値段がします」

「ですよね……」


 落胆するウィンディの肩にエリシアの手が置かれる。


「それで? 謎の親切おじさんは?」

「その人、腕っ節に自信があるみたいで。私が事情を話したら『俺が千年竜の卵を取ってきてやる』と言うのです。胡散臭うさんくさいといえば胡散臭いのですが、他に頼れる人もいないですし、私なんてドラゴニアに入ったら一日で死んじゃいますし、その男の人を雇うのにお金が必要で……」


 故郷の命運がかかっている身としてはわらにもすがる思いなのだ。


 王都にはたくさんの傭兵がいる。

 実力はピンキリで、金銭トラブルに発展する事も少なくないから、信用できる傭兵を見つけたければ、ギルドに出向いて斡旋あっせんしてもらうのが普通だ。


「その男はギルドに登録されているのか?」

「はい、ライセンスを見せてもらいました。あれが偽造品じゃなければ正規の傭兵です」

「しかし、ドラゴニアを探索するとなると、かなりの実力が要求されるぞ」

「ですよね……」


 ウィンディは男に質問した。

 あなたの実力は如何程いかほどですか? と。


 すると男は大剣を一振りして、


『オリハルコンの魔剣士グレイと互角に戦えるくらい強いぜ』


 と自信満々に言い放ったそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る