第103話 王都一の笑い者にされてしまった男

 占術せんじゅつ

 過去や未来を見通す技のこと。


 星の力を頼ったり、霊の力を借りたり、魔法道具マジック・アイテムを利用したりと、方法の差はあれども、一定の魔力を要することに変わりない。


(この少女の占い……あながちインチキとも限らないな)


 見守るグレイの胸中では半分の期待と半分の疑惑が渦巻いていた。


「さっさと占ってもらおうか」


 客の男は横柄な態度で腰かける。


「手を貸してください。右手でも左手でもいいです」

「ミスリルの魔剣士様っていうのは、随分と腰が低いんだな」

「知らないのですか。私は子供と話す時も敬語ですよ」

「ほぅ……」


 この情報は嘘じゃないが、当てずっぽうか、王宮の誰かから知識を仕入れたのか、判断しかねる。


 それよりも肝心なのは占いだ。

 驚いたことに少女は男の素性を次々と言い当てていった。


「お金に関する仕事をしていますね。小さな支店を一つ任されているのでは。貧しい地方の生まれで、一旗揚げるため王都へやってきた。一緒に暮らしている家族は奥さんが一人……」


 少女の言葉がすべて的中していることは、男の表情が物語っていた。


 大した素質だろう。

 水晶のような魔法道具マジック・アイテムを使うのが普通なのに、彼女は手に触れただけで他人の過去をのぞいてしまった。


 ギャラリーも同じ感想らしく、半信半疑だった顔つきが変わっていく。


「過去はいい! 未来はどうなんだ! 先のことを予言してこそ占いってやつだろう!」

「いいでしょう……」


 サファイアのような目が細められる。

 少女の瞳は本物のエリシアより明らかに濃い。


「あなた、今日パパになります」

「はっ⁉︎」

「奥さんが出産します」

「おいおい、待ってくれ。妻の出産予定は来月……」


 申し合わせたように一人の男が駆けてきて、客の男の肩に手をかけた。


「おい、あんた! 奥さんの陣痛が始まったぞ! 急いで家へ帰りな!」


 と怒鳴るように言うものだから、少女は、ほらね、の顔になる。

 客の男は慌てて立ち上がると、財布の中身をすべて叩きつけてから、人差し指を突きつけた。


「あんたの実力は本物だ。それは認めよう。本物のミスリルの魔剣士様かどうかは判断しかねるがな」


 捨てゼリフを残して去ってしまう。


「またのお越しをお待ちしております」


 ホクホク顔でお金を回収した少女は、指と指を合わせてブツブツ呪文を唱えるものだから、いかにも大物っぽいオーラが出る。

 人々は手のひらを返したように『次は俺を占ってくれ!』『その次は私よ!』と群がった。


「どう思う?」

「エリィも占ってほしい!」

「ファーランは?」

「実力は本物かもしれませんが、やっぱり気に入りません! あこぎな商売ってやつです!」

「ふむ……」


 グレイたちが動くより先に別の男がクレームを入れた。

「お前、さっきの男とグルだろう!」と。


「私を疑っているのですか?」

「当たり前だ! 今日たまたま子供が生まれるなんてこと、あってたまるか!」

「いいでしょう。あなたのことも占いましょう」

「もし的中させたら俺の有り金を全部やる! お前が本物のエリシア様だと認めてやる!」


 バトル勃発ぼっぱつである。

 盛り上がらない訳がない。


 少女はクレーム男の手を握ると、うんうんと頷いてから、


「三歩さがってください」


 と指を三つ立てた。


「三歩さがったらどうなる?」

「あなたは聴衆の笑い者になります」

「ほう、面白そうだな」


 一歩、二歩、三歩。

 男がさがった時、上空を小さな影がよぎった。


 ぺちょり、と。

 鳥のフンが落ちてきて男の脳天を直撃したのである。


(本当に的中させやがった⁉︎)


 ほらね、と少女は勝ち誇ったように銀髪をすくう。

 王都一の笑い者にされてしまった男は、ありったけの暴言を吐いた後、約束通り有り金をすべて置いていった。


「すごい、すごい、すごい、師匠! あの子、また未来を的中させたよ! エリィ、びっくりだよ!」

「これは驚いたな」


 お金を払う価値があるだろう、というのが偽らざる感想である。

 しかし、納得できない者が約一名。


「私は認めませんからね。インチキですよ、インチキ。そんなにすごい占術があったら、エリシアの名を騙る必要なんてないじゃないですか⁉︎」

「確かに……」

「グレイこそエリシアの師匠なのですから。びしっと叱ってやってください」


 店を畳ませたいファーランは、瞳に決意を宿してお客の列に加わってしまう。


「師匠、お説教するの?」

「というより、あの子、魔剣士としての素質がないだろうか。危機察知能力とかに長けている気がする」

「おお〜」


 戦闘面に目が向きがちなのは、魔剣士の性質さがというやつだ。

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