第102話 ミスリルの魔剣士の占い屋

「しかし、ファーランの仕入れた情報は本当なのか? いや、疑うわけじゃないが」

「間違いありません! エリシアの名をかたる偽物です!」


 外出の支度したくをすませたグレイたちは、レベッカに一声かけてから王宮の裏口を抜けた。

 エリシアは眠そうにしており、グレイの背中で『あ〜』とか『う〜』とか独り言をつぶやいている。


 エリシアという名はこの国でもっともメジャー。

『エリシアのお花屋さん』

『エリシアのパン屋さん』

『エリシアの古本屋さん』

 そんな屋号のお店は何軒だってある。


 本当にミスリルの魔剣士を騙っているのか。

 罪に問おうと思えば動かぬ証拠だって必要となる。


「とりあえず朝飯にするか。エリィは何を食べたい?」

「ん〜と……ステーキ肉……」

「そうか。ハムか」


 パン屋に入った。

 焼いたトーストの上に、トロトロのチーズとハムをのせたやつがある。

 一口サイズにカットしてからエリシアの口に入れてやると、


「うまっ〜!」


 と目を覚ました。


「とても美味しいです、グレイ」


 ファーランも興奮している。


「パン、チーズ、ハム。この組み合わせが値段の割に一番旨い」

「グレイも良いお店をたくさん知っているのですね」

「庶民向けならな」


 空腹を解消したところで作戦会議を始める。


「エリシアの名を騙る女性はですね、毎日場所を変えて商売しているようです」

「当然そうなるな。同じ場所で商売したら、あっさり捕まるだろうしな」


 ファーランは王都ペンドラゴンの地図を広げた。


「昨日出たというのが南のブロック。その前日が南東のブロック。その前日が東のブロック」

「その前が北東のブロックで、その前が北のブロックというわけか」

「そうです」


 推理が正しければ今日は南西のブロックに出るはず。

 定休日じゃなければ、という条件付きだが。


 女性の外見についても手がかりはある。

 淡いブルーの瞳に銀髪という話だが、本物のエリシアとは少し異なるらしい。


 瞳に黄色が入っていたという人もいれば、瞳に紫色が入っていたという人もいる。

 髪の長さに関する証言だってマチマチだ。


(市民だって、間近でエリィを見たことある人は少ないしな)


 年齢は不明だが、本物のエリシアが十八であることは公然の事実だから、十六から二十の間と思われる。


「でも、なんでエリィの名前を騙るんだろう」


 幼女エリシアが素朴な疑問を口にする。


「そりゃ、アレですよ。お金に困っているのですよ。親が借金をこしらえたか、兄弟が重い病にかかったのでしょう」

「ええっ⁉︎ その子、可哀相⁉︎」

「可哀相って……被害者が犯人に同情してどうするのですか⁉︎」

「確かに⁉︎」

「どんな理由であれ、エリシアの名を騙ってお金儲けすることは私が許しません! それ相応の報いってやつを受けてもらいます!」

「その子、可哀相!」

「だから犯罪者なのですよ!」


 コントのような会話にグレイがあきれ顔を向けていると、重そうな荷車を引く少女が視界の隅に映った。


 彼女は広場でキョロキョロする。

 簡易テントを組み立てると、机と椅子を設置して、商売道具を並べ始めた。


 最後に看板を設置する。

『ミスリルの魔剣士の占い屋』と書かれていた。


(こいつだ!)


 露骨すぎて逆に信じられない。

 自分の目を疑うとはこのことだ。


「露骨だな」

「露骨だね」

「露骨ですね」


 別の興味が湧いてきた三人は、しばらく偽エリシアを観察することにした。


「グレイから見て、彼女の実力はどうですか?」

「魔剣士候補として、という意味か? そうだな……」


 素質は感じる。

 体内に秘めている魔力の量でいうと、そこらへんの見習いより上かもしれない。


(しかし、十八歳前後か……六年早く魔剣士を志していたら有望株だったかもしれない)


 グレイなりの見立てはそんな感じ。


「おっ、エリシア様の占い屋だ」


 通行人の一人が足を止めた。


「ああ、噂の……」

「今日はここでやっているのか」


 続々と人が集まってくる。

 人々の反応を見る限り、本物のエリシアと信じている様子はなく、冷やかしといった態度に近い。


「何だ、何だ」


 ガラの悪そうな男が近づいてきた。


「お前が例の偽エリシア様か」


 ダンっ! とテーブルに手をつく。


「エリシア様が占いを得意としているなんて話、聞いたことないぜ。本当に当たるのかよ」

「私は万能ですから。当然、占いも当たります」


 偽エリシアはポーカーフェイスを崩さない。


「随分と強気だな。だったら占ってもらおうじゃないか」

「いいでしょう」

「インチキだったら、警察ウィギレスに突き出してやるからな」

「どうぞ、ご自由に」


 大勢の人が集まってきたせいで、視界を遮られてしまったエリシアが、グレイに肩車を要求してくる。


「ほらよ」

「エリィ、ワクワクしてきた」

「遊びじゃないからな」

「は〜い」


 偽エリシア様のお手並み拝見というやつだ。

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