第101話 エリシアの偽物が出たのです!

(エリィの体が小さくなって、もう三日か……)


 グレイはベッドのふちに腰かけて、ここ数日の出来事を振り返っていた。


 発端はエメラルドの魔剣士が置いていったチョコレートだった。

 就寝前のエリシアが食べたところ、翌朝に体が縮んでいた。


 効果時間は分からない。

 一日くらいであっさり戻るのでは? と悠長に構えていたが、幼女は幼女のままで、三日目が終わろうとしている。


 まあ、いっか。

 本人が楽しそうだし。

 今のところエリシア抜きでも政務は回っている。


 エリシアの相手をしている時間は昔にタイムスリップしたみたいで、グレイの笑う回数だって以前の二倍に増えている。


 初日にあった大食い大会は優勝した。

 ライバルの少年と同時優勝という形で。


『エリィは来年も出場できるから』とエリシアは散々譲ろうとしたのだが、『人命を救ったからお前が優勝に決まっているのだろう』と少年も譲ろうとせず、仕方なく二人で一位となった。


 どこまでもエリシアらしい。

 譲って、譲られ、一位に落ち着く。


 エリシアは幼少期から不思議な魅力を持っていたが、輝きは衰えるどころか以前よりも増している。


 二日目と三日目もファーランを加えた三人で城下町をぶらぶらした。

 美術館とか、博物館とか、グレイも滅多に来ない場所なので楽しめた。


 そして食事。

 王宮で出されるシェフ自慢の一品もいいが、屋台で出されるような庶民のメシも悪くない。


 サッと注文して、サッと出てきて、サッと食べ終わる。

 回転の速さにエリシアもファーランも驚いていた。


(夜の飲み屋に連れて行きたい気もするが、エリィが小さいから、さすがに無理だろうな……)


 ドアをノックする音がしたので、グレイが立ち上がると、風呂上がりのファーランが立っており、きれいな黒髪が濡れていた。

 抱っこしているのは湯上がりのエリシア。


「今日もししょ〜と一緒に寝る〜」


 当たり前のようにベッドに飛び込む。


「それじゃ、私は自分の部屋へ戻ります」

「おやすみ、ファーラン」

「はい、おやすみなさい」


 体が八歳に戻ったせいか、エリシアの睡眠時間は明らかに増えている。

 遊びすぎた反動で今日も眠そうだ。


「師匠も寝るべし」

「はいはい」

「お手々つなぐ」

「好きにしろよ」


 エリシアの全身からは石けんの優しい匂いが伝わってくる。

 髪だってツルツルしており、グレイは無意識のうちに遊んでいた。


「ファーランに髪と体を洗ってもらった。ファーランはエリィにとっても優しい」

「まあ、同じ魔剣士だからな」

「明日もファーランと遊ぶ」

「どうかな。そろそろ元の体に戻っているかもな」

「ええっ⁉︎ ヤダヤダ〜!」

「ヤダってなぁ……」


 ミスリルの魔剣士が不在になって三日目だ。

 王宮のメイドの間にも、今回は重病なのかしら、お顔に発疹ほっしんができたのでは、みたいな噂が流れている。


「師匠の横で寝るの大好き。エリィが熟睡できるから。元の体になったら、師匠は添い寝してくれない」

「俺をからかって遊ぶなよ」

「ゴロゴロゴロ〜」


 エリシアがグレイの腹部に乗っかってきた。


「師匠のお腹、上下している。おもしろい」

「エリィは体温が高いな」

「ん? お風呂上がりだから?」

「いや、子供だから。大人の方が体は冷たい」

「そうなんだ〜! エリィ、全然知らなかった〜!」


 エリシアが勝手に転げ落ちる。


「ししょ〜、お休みのチュ〜は?」

「おいおいおい……」

「ファーランはお休みのチュ〜してくれた」


 この状態でキスしたら、グレイとファーランが間接キスしたことにならないだろうか、なんて心配しつつ軽くキスしておいた。


「ほら、寝ろ」

「は〜い」


 スイッチを切ったみたいにエリシアが熟睡する。

 月明かりに照らされた寝顔をしばらく堪能たんのうした後、グレイも夢の世界へ落ちていった。


 ……。

 …………。


 そして翌朝、バルコニーのドアが勢いよく開く音で目を覚ました。


「大変です! グレイ!」


 ファーランが立っている。

 足場から足場へとジャンプしてバルコニーまで登ったらしい。


「エリシアの偽物が出たそうです!」


 ファーランはベッドから落ちかけているエリシアを抱っこして、グレイのお腹に座らせた。


「なんだ、そんなことか」

「そんなことって⁉︎」

「エリシアの偽物なら過去に何回も出ているぞ。悪質さの度合いによるが、放っておいても警察ウィギレスが取り締まってくれる」

「放っておくって……いいのですか⁉︎」


 ファーランはエリシアを揺らしまくるが、肝心の本人はまったく目を覚まさない。


「まあ……魔剣士は魔物退治のエキスパートであって、人間の悪党は所管じゃないからな」


 行政には区割りというものがある。

 他人の仕事を勝手に奪うな、というやつだ。


 エリシアの名をかたって高額な商品を売りつける。

 エリシアに偽装して怪しい取引を持ちかける。


 こういう小悪党は警察ウィギレスに任せるのが筋であり、魔剣士としても注意喚起くらいはするが、わざわざ出ていくほどの犯罪行為じゃない。


「分かりました! でしたら、私が悪党を捕まえてきます!」

「ちょっと待て、ちょっと待て、ファーランが市民を締め上げるのか?」

「いけませんか?」

「いや……」


 相手をボコボコの血祭りにしないだろうか。

 グレイの心配はファーランよりも悪党である。


「分かった。俺も行く。今日もエリシアは幼女のままだしな。三人で行動しよう」

「はい、ミスリルの魔剣士を騙る輩はとっちめてやりましょう」


 ファーランはエリシアの頬っぺたを指先で挟むようにツンツンした。

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