第73話 あの日、イタズラした理由……

(エリィが魔剣の力を取り戻すためにも、俺たちは一回距離を置くべきなのか)


 チームの組み替えが決まった。


 グレイ、ネロ、レベッカ、ファーランの四人が捜索へ向かう。

 王都の守りのため、エリシア一人が残る。


 後日、旅の支度したくを終えたグレイは、エリシアの執務室を訪ねて、二人だけの時間を過ごしていた。


「魔剣の声が聞こえるようになったら、師匠たちを追いかけますから!」


 エリシアは強く宣言する。


「しかし、ペンドラゴンには一名以上の魔剣士を残すべし、というアーサー王の遺言はどうする気なのだ?」

「大丈夫です! 問題ありません!」


 助っ人に手紙を送ったらしい。


(エメラルドの魔剣士か……)


(かなりくせのある人物だが、エリィの要請ようせいに応えてくれるだろうか)


「エメラルドの魔剣士が王都に到着したら、師匠たちを追いかけます」

「魔剣アポカリプスと和解していることが絶対条件だからな。くれぐれも無茶はしてくれるな。エリィは俺たちのリーダーなのだから」


 念押しすると、エリシアは素直にうなずいた。


「私を信じてください! 初心に戻って絆を取り戻します!」

「よし、良い子だ。だからこそ離れるのが辛いな」


 エリシアの体を抱き寄せて、頬っぺたにキスしておいた。


「あんっ! 師匠、ダメです! 私たちがキスしたせいで、魔剣がヘソを曲げてしまったの、お忘れですか⁉︎」

「頬っぺたのキスなんて、特別な仲じゃなくてもやるだろう。本当ならエリィの唇にキスしたい。これでも魔剣サマに譲歩じょうほしているのだ」

「いけません……いけません……恋人みたいな会話は……」


 口では渋りつつも、エリシアだってキスしたそうな表情をしている。


「エリィも俺の頬っぺたにキスしてくれ。しばらく会えないさびしさを、軽減させてくれないだろうか」

「そんな口実を与えられてしまったら……私の理性は……」

「ダメか? 昔のエリィは師匠の言いつけを守る素直な子だったと思う」


 エリシアの方からグレイに抱きついてくる。


 チュッと。

 気持ちのこもったキスを一つくれた。


「意外です。師匠って、要求する時は要求するのですね」

「エリィは特別だからな。俺だけのエリィがいい。ミスリルの魔剣士だから、国民の宝なのは分かるし、エリィの笑顔を独り占めしたいという話じゃない。でも、二割か三割くらいは俺だけのエリィがいい」

「はうっ⁉︎ きゅ〜〜〜!」


 グリグリと銀髪を押しつけられ、首元がこそばゆい。


「そんなこと言われたら、私の全部を差し上げたくなります! この体も! この心も! 自慢の弟子も悪くないですが、エリィは女の子なので、やっぱり自慢の……その……パートナーというか……身内というか……」

「自慢のお嫁さんか?」

「はうっ⁉︎」

「心配するな」


 グレイが抱きしめ返すと、エリシアの胸のドキドキが伝わってくる。


「エリィは世界で一番可愛いよ。エリィの存在が、俺に夢と希望を与えてくれた。最高のお嫁さんを手に入れて、たっぷり可愛がりたい。エリィは俺の生き甲斐がいなんだ」

「きゅ〜〜〜! 魔剣アポカリプスが怒っちゃいますよ〜!」

「でも、一緒に過ごした時間の長さは、俺が勝っている。最初にエリィに目をつけたのは俺だろう。伝説の魔剣だって、俺たちの仲は裂けない」

「ダメです! ダメです! ダメです! そんなセリフを耳元でささやかれたら、エリィの頭がおかしくなっちゃいます! これでも我慢しているのに!」


 肩で息するエリシアの口から、はぁはぁはぁ、と熱っぽい吐息といきがもれてくる。


「何を我慢しているのだ?」

「それは……言えません」

「師匠に隠し事か?」

「あぅあぅ……」

「いけない弟子だな」


 エリシアのガードを崩して、首筋の匂いをいでみた。


「今日のエリィ、いつもより優しい香りがする」

「あっ……ダメ……」

「もしかして、俺を意識して香水を変えてみたのか?」

「どうして……香水の変化に……気づくのですか?」

「当然だ。エリィのことなら何でも知りたい。可愛いやつめ。最近のエリィには可愛いしかない」

「恥ずかしいですよ……香水の変化に気づかれたら……気絶するほど恥ずかしい……ええ、ご明察ですとも……師匠の気を引きたくて、香水を……ああ、情けなくて死にそう」

「安心しろ。死にはしない。むしろ、エリィの可愛い部分が増えていく」

「弟子が死にそうって言っているのに……師匠のイジワル」

「好きな子にはイジワルしたくなる。エリィだって昔、俺にイタズラして困らせただろう。もっと話を聞いてほしかったのだろう」

「バレていましたか……エリィに構ってほしかったの」

「当然だ」


 トロトロの愛弟子をより観察すべく、あごをクイっと持ち上げた。


「あの時、俺たちは十九も歳が離れていたからな。うっかり恋したら問題だろう。エリィが年々母親に似てくる。俺にとっては呪いのような現象でしかなかった」

「それって、どういう意味ですか?」

「分かって質問しているな」


 イタズラな唇をプニプニと押しておく。


「エリィが順当に成長したら、俺はエリィにれてしまう。そんな予感が、当時からあった。好きの毛色が変わってしまう」

「つまり、昔からエリィを狙っていたのですね」

「何てことを言うんだ、君ってやつは」


 柔らかい頬っぺたにキスする。


「小悪魔なところは、お母さんそっくりだな。この人たらしめ。無垢むくな天使のフリしている分、タチが悪い」


 反対の頬っぺたにもキスを残す。


「でも、エリィだって成長しました。やる時はやれる子だってことを師匠にお見せします」

「おい……」


 エリシアはくるりと体位を入れ換えて、グレイの背中を壁に押しつける。


「二回キスされましたから。二回お返しです」


 右と左と。

 頬っぺたに連続キスされたグレイが照れ顔をさらしてしまう番だった。


「すごい技を知っているな」

「対魔物だけじゃなく、対人間も強いのですよ」

「成長したな。だが、俺も負けてはいない」


 くるりと体位を入れ換えて、抱き上げたエリシアの体を机に座らせた。


「昔からエリィのこと、お人形みたいな女の子だと思っていたが……」

「今はどうなのです?」

「成長してもお人形みたいだ。俺の好きな部分しかない。朝から晩まで触っていたくなる」

「もう! 師匠ったら!」


 正直な感想を伝えただけなのに、エリシアが大喜びしてくれるから、相性の良さを感じてしまう。


「困りました。限界まで師匠のことが好きなのに、もっと好きになりそうです」

「エリィみたいに笑いながら困る人間は初めて見るな」

「この世界には嬉しい悩みもあるのです」


 愛すべき人の手をつかみ、キスを一つ落とした。


「本当なら指の一本一本にキスしたい。でも、エリィが困るだろうから、一回で我慢しておく」

「どこまで私を喜ばせたら気が済むのですか? きっと私、まりのない顔をしています」

「いつもの凛々りりしい顔も好きだが、今のエリィも色っぽいぞ。俺だけに見せてくれる特別な一面という気がする」

「あ〜ん……そんなに愛されたら……耳の奥がぽわぽわして……」

「いいぞ。今日くらい。昔みたいに甘えても」

「でしたら……」


 エリシアの両腕がグレイの首にからみつく。


 ひょい、と。

 抱っこする形ですべての体重を受け止めた。


「もう十八なのに、師匠に抱えられて喜んじゃっています。これじゃ、八歳の私と変わりません」

「そんなに嬉しいのか?」

「はい、師匠にべったり甘える時間が好きです。エリィだけの師匠って感じが、心の幼い部分を満たしてくれます」

「いいな。我がままなエリィも。元老院でスピーチしていた女性とは別人みたいだ。ますます甘やかしたくなる」

「じゃあ……頭をナデナデしてもらっていいですか?」

「お安い御用だ」


 片腕でエリシアを支えて、空いた手は頭に回す。

 八歳だった弟子を思い出しつつ、褒め言葉をかけてあげる。


「エリィは良い子だな。ひたむきに努力できる。目標を見失わない。そして何より……」

「何より?」

「俺にべったりだから可愛い。本当に好きだよ、エリィ」

「でも、体重が増えちゃってガッカリしませんでしたか?」

「いいや、幸せ太りさせたいくらいだ。この十年で胸が一番成長している。目の毒じゃないか。エリィの美しさに見惚みほれて転ぶ人が出てきそうだ」

「その転ぶ人が師匠だったら、エリィは嬉しいですね」

「まったく、君ってやつは……」


 どこまでも愛くるしい。

 言葉で伝える代わりに、額にキスしておいた。


「師匠……これ以上は本当に危ないです……私、のどかわいちゃいました……理由は分かりますよね……興奮しすぎて、体の芯が熱いから」

「じゃあ、そろそろ終わりにしないとな」


 甘ったるい時間に幕を引こうとした時……。


「ちょっと待て」


 グレイは入口のところへ行き、ドアを思いっきり引いた。


「やべっ⁉︎」

「しまった⁉︎」

「あわわわっ⁉︎」


 ネロ、レベッカ、ファーランの三人が手前に倒れてくる。

 これと似たシーン、前にも見た記憶がある。


「あ〜ん! 何てことを!」


 エリシアは大赤面しながら目をグルグルさせる。


「お前ら、新婚のカップル以上だよな。一年分の胸焼けをもらったぜ」


 ネロが小気味よく笑う。


「ふむ……魔剣はこうやってねるのか」


 レベッカが納得するように言う。


「違うのですよ、エリシア、グレイ! 私は二人を止めようとしたのですが、止めるタイミングが分からなかったのです! 決して盗み聞きする意図があったわけでは……」


 弁明するファーランが可愛く思えてくる。


「ああっ! もうっ! 今回はファーランまで! さっき聞いたことは他言無用ですからね! 私が抱っこで大喜びしていたとか、頭ナデナデを希望していたとか、これは国家の重要機密なのです! 王宮のメイドが噂していたら、犯人は三人の中の誰かって特定されますからね!」


 エリシアは手で顔をパタパタする。


「はぁはぁはぁ……自分で言っておきながら、恥ずかしすぎて死にそうです」


 ネロとレベッカはともかく、ファーランにも盗み聞きされたのは完全に誤算だった。

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