第137話 豊穣祭《エリシア・デイ》

 魔剣保管庫を出たところで今日は解散することにした。

 アッシュはこれから傭兵ギルドへ顔を出し、ウィンディは皿洗いの仕事が待っている。


 グレイは金の入った袋をアッシュの手に置いた。

 ウィンディのコーチ役を引き受けてくれたお礼である。


 本人はいらないと固辞したが、傭兵としての収入が減っているはずであり、埋め合わせの意味もあるから、半ば強引に持って帰らせた。


 庭園のところでマーリンが足を止める。

 庭師が忙しく動き回っており、せっかく育てた季節の花を収穫している。


「もうすぐ豊穣祭エリシア・デイがあるからな。その準備だろう」

「ミスリルの魔剣士の祝日ですか?」

「そっちじゃない。豊穣の女神エリシアの方だ」


 建国記念日キング・アーサー・デイと並ぶ祝日である。

 王都には食べ物の屋台がたくさん出る他、音楽やアートに関するイベントがあちこちで開催される。

 王宮や教会などの建物もカラフルな花で彩られる。


 その日はエリシアも休暇を取り、グレイと一緒に楽しむ予定だ。

 そのまま街中へ出かけると大騒ぎになるから変装は必須だろうが。


「マーリンも一緒に来るか」

「え〜と……」


 一瞬にして赤面したマーリンは思いっきり首を振る。


「遠慮しておきます! お邪魔になるといけませんから! 私はウィンディを誘ってみます!」

「そうか。ウィンディも喜ぶと思う」


 エリシアの部屋まで帰ってくると意外な来客がいた。

 ハチミツ色の髪をサイドアップにしたシャルティナである。

 ネロの高弟として先日のパーティーで挨拶あいさつしたばかり。


「あ、マーリンちゃんだ。そのオッドアイって、義眼じゃなくて本物なんだね」

「あ、はい! こんにちは! 目は生まれつきです! たぶん!」

「たぶんって変なの」


 エリシアとシャルティナは机を挟んで会話している。

 友達のような雰囲気であり、二人の間には色とりどりの布が三角に積まれていた。


 豊穣祭エリシア・デイが近づくと若い女性は自分用のワンピースをこしらえる。

 花の飾りをたくさんつけて、頭もお手製の花冠やブローチでお洒落しゃれに決める。

 エリシアとシャルティナは自分が着るワンピースの生地を選んでいるらしい。


「ちょうど良いところに来ました、マーリン。あなたも自分の服を作ってみませんか」

「私が……ですか?」


 エリシアが分厚い服飾のマニュアルを見せる。


「これに書かれている通りに作業すれば誰でもワンピースを作れます。シャルティナは手先が器用なので、先生役として呼びました」

「先生役だなんて照れますな〜」


 シャルティナは孤児院の出身なので、今でも子供の服をうことがあるらしい。

 マーリンの手をつかむと机の前まで引っ張った。


「とっても上等な生地なんだよ。エリシア様が好きなだけ使っていいってさ。ほらほら、肌触りもいいでしょう」


 マーリンは布の山に触れた。

 これが服に変わると言われてもピンと来ないだろう。


「そうだ。私が去年とか一昨年に着た豊穣祭エリシア・デイの服を見せましょうか」


 エリシアはクローゼットの中から複数のワンピースを取り出してソファに並べ始めた。

 小物の類も捨てずに置いており、ダリアの耳飾りをマーリンにつけてあげる。


「ほら、可愛いでしょう。私の記憶が正しければ、これは十四歳の豊穣祭エリシア・デイに自作したやつです」


 マーリンは鏡の前に立ち自分の耳に触れた。

 それから視線でグレイに感想を求めてくる。


「似合っているぞ。マーリンも何か作ってみるといい。シャルティナと話す機会だしな。魔剣士見習いである前に一人の女の子なのだから、祝日くらい思う存分楽しむといい」


 エリシアも賛同する。


「当日はお小遣いをあげますから」


 マーリンはもう一度鏡を見つめて頬っぺたをリンゴ色に染めた。


「私も自分の服が作れますかね」


 あどけない目を向けられたシャルティナは、


「シャル先生に任せなさい!」


 といって自分の胸を叩いた。

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