第138話 毎日のお風呂も一緒です!

 さっそく作業に入る前に……。


「クッキーを焼いてきたのですよ。みんなで食べませんか」


 シャルティナが木箱に入ったクッキーの詰め合わせを取り出した。

 いつも孤児院へ差し入れしているそうで、市販のクッキーに負けない出来栄えである。


「たくさん種類があって宝石箱みたいですね」


 エリシアがうっとりと目を細める。

 中には動物の形をしたクッキーもあって、子供がもらったら大喜びするだろう。


「マーリン、紅茶を用意してくれませんか」

「はい、すぐにお持ちします」


 マーリンと入れ替わるようにしてレベッカが入ってきた。

 書類の束をエリシアの机に置いて足を止める。


「エリシアにグレイにシャルティナか。珍しい組み合わせだね」

「みんなで豊穣祭エリシア・デイについて話し合っていたのです」


 シャルティナがクッキーを勧めた。

 レベッカ様も一枚どうですか、と。


「ありがとう。豊穣祭エリシア・デイの日、シャルティナも休むのかい」

「半日はネロ様と一緒に孤児院へ顔を出します。残りの半日は自由に楽しみます。レベッカ様は?」

「私は家族と一緒に過ごすかな」


 レベッカの娘もワンピースを作っている最中らしい。

 針を持てる年齢じゃないので父親に頼っている状態ではあるが。


「あのワンピースは昔にエリシアが着ていたやつだろう。懐かしいね。ちゃんと保管していたのかい」

「はい、レベッカとの思い出ですから。体が成長したせいで、もう着られないのが残念ですが」

「それは仕方ないだろう」


 キャスター付きカートを押したマーリンが戻ってきて人数分の紅茶を淹れてくれた。


「レベッカ様もどうぞ」

「ありがとう」


 話はマーリンの成長に及んだ。

 ミスリルの魔剣士の弟子なので、必然、どこへ行っても注目される。


「それが私、まだ魔法を一つも使えなくて……」


 恥ずかしそうにうつむくマーリン。


「不思議だね。並外れた魔力を持っているのにね」


 レベッカが意外そうな顔で腕組みする。


「ウィンディは器用なのに私は全然なのです」

「ウィンディ? ああ、グレイの新しい弟子か。十六歳だっけ。今どこに?」

「王宮で皿洗いしている」


 グレイは真下を指差す。


「マーリンの面倒は俺が見ている。忙しいエリィの代わりにな。ウィンディもマーリンも毎日同じだけ訓練している」

「なるほど。それで成長スピードの差が気になるわけだね」


 ウィンディの進歩が早すぎるだけ。

 だからマーリンが気に病むことはない。

 そう伝えたところで本人は納得しないだろう。


「大丈夫だよ!」


 シャルティナが明るい声でいった。


「私なんて防護結界シールドを使えるようになるまで一年くらい要したし。これでも元は落ちこぼれなんだよ」

「シャルティナさんが、ですか」

「うん、でも隠れてたくさん訓練したから。今だとネロ様の後継者だし。すぐに結果が出なくても、長い目で見たら成長の方が追いついてくるんじゃないかな。努力の貯金だよ。今マーリンちゃんは貯金している最中なんだよ」


 グレイやエリシアも同じ意見だ。

 結果が出ない中、あれこれ試行錯誤してみるのも一つの才能だろう。


「シャルティナさんは、その……」


 マーリンがごくりとつばを飲む。


「ネロ様のことが好きなのですね」


 首の付け根まで赤くなったシャルティナは、苦笑いしつつ手でパタパタと顔をあおいだ。


「マーリンちゃん、言うねぇ」

「えっ⁉︎ ダメでしたか⁉︎」

「本人の前で言ったら怒るから!」

「は……はひぃ……」


 すっかり怯えたマーリンの口に、シャルティナはクッキーを一枚突っ込んだ。


「うそうそ、冗談。ネロ様に向かって好きって、一日に一回くらい言っているし」

「私もエリシア様のことが好きだと朝昼晩に伝えています」

「えっ〜! 可愛いな〜!」

「毎日のお風呂も一緒です!」

「なんとっ⁉︎」


 シャルティナに真偽を問われたエリシアは、満更まんざらでもなさそうな顔で紅茶に口をつけた。

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