第139話 禁断の質問を口にする

 いつもより小さなベッドで目を覚ました。


 体の関節が痛む。

 トレーニングを頑張りすぎたせいだ。

 豊穣祭エリシア・デイは剣の鍛錬がお休みだから、前の日に二倍頑張ったらこのザマである。

 イタタと小声でうめきつつ体をよじる。


 壁には可愛いワンピースがかけてある。

 ベージュ色の生地にたくさんの花が咲いており、首飾りと髪飾りもセットになっている。


 ちょっと羨ましいな、と思う。

 マーリンだから愛らしい服が似合うのであって、自分だと似合わないだろう。


『お前もワンピースを作ってみるか』とグレイから誘われた。


 断ったこと、実は後悔している。

 思い出を作るチャンスを自分でドブに捨てた気がする。


 まあ、いい。

 豊穣祭エリシア・デイは来年もある。

 次は自分からマーリンを誘って、おそろいのワンピースで出かけたらいい。


 隣で寝ている少女の金髪をでておいた。

 マーリンの体はいつだって良い匂いがする。

 花畑にいるみたいで心が安らぐ。


『一晩マーリンを預かってくれないか』

 昨夜、グレイからお願いされた時はびっくりした。


 いつもマーリンはエリシアの部屋で寝ていて、一晩預かるということは、エリシアがグレイの部屋で寝るということだろう。


(やっぱり、エリシア様とグレイ様って恋仲だよね……)


(一晩二人きりということは……)


 壁にゴツンと頭突きする。

 妄想がストップした代償として、小さなタンコブができた気がする。


 グレイから一個注意された。

 豊穣祭エリシア・デイの当日はマーリンから目を離さないように、と。


 平和そうに見える王都にも犯罪組織というものがあり、豊穣祭エリシア・デイの日は身代金を目的とした婦女子の誘拐が発生しやすいらしい。


 マーリンは良いところのお嬢さんに見える。

 だから誘拐されないようウィンディが守ってやれ、という指示だった。


 マーリンはミスリルの魔剣士の弟子だし、さらうなんて自殺行為という気もするが、知恵のある犯罪者ばかりとも限らない。


 外が薄暗いことを確かめたウィンディは、カーテンを閉めてベッドに引き返した。

 マーリンの体を優しく抱きしめて眠りの続きに戻る。


 一人部屋には感謝している。

 でも時々寂しくなることがあって、今回のマーリンのお泊まりは嬉しかった。


 どのくらい経過した頃だろうか。


「お任せください、エリシア様」


 マーリンが寝言をいった。

 最初は空耳かと思ったが、花弁のような唇が確かに動いた。


「夢を見ているの?」


 意味はないと知りつつ質問してみる。


「エリシア様の背中はマーリンとこの魔剣アンスロポスがお守りします。どんな魔物だろうが、私一人で食い止めてみせます」


 ウィンディは衝撃のあまりベッドから転げ落ちた。

 吐き気のようなものが込み上げてきて、自分で自分の首元を締めつけた。


 聞いてはいけないものを聞いた気がする。

『エリシア様』というのは今王宮に住んでいるエリシアじゃなくて、三百年前に生きていた三代目エリシアの方だろう。


「ねぇ、マーリン、誰と一緒にいるの?」

「…………」


 小さな額に触れてみる。

 いくら待っても次の寝言は聞こえない。


 そっと部屋を抜け出したウィンディは資料保管庫へ向かった。

 重い脚立きゃたつを移動させて、グレイから教えてもらった魔剣リストを引っ張り出した。


(確か魔剣アンスロポスって言ったよね……え〜と……あった!)


 歴代の使い手の名を調べる。

 その列がぷつりと途切れている。


 マーリンの名前はどこにもなかった。

 最後のデータは三百年くらい前の『紛失』という記録のみ。


 でも、魔剣アンスロポスは確実に存在していた。

 ずっと昔にどういうわけか姿を消した。


 落としてしまったリストを慌てて拾ったウィンディは、元の位置に戻してから資料保管庫を抜け出した。


 心臓がドキドキとうるさい。

 思考の糸がぐちゃぐちゃする。

 一度自分を殴ったウィンディは、事実と憶測を切り離すところから着手する。


『マーリンは古い時代に生まれた女の子』


 グレイから教えられた情報はそれくらい。

 記憶の一切を失くしており、本来の実力も未知数らしい。


 エリシアの愛剣……魔剣アポカリプスなら何か知っているはずだが、詳しいことは何一つ語ろうとしないそうだ。


「きゃ⁉︎」

「すみません!」


 朝当番のメイドとぶつかりそうになり、何とか回避したウィンディは、吹き抜けの空間で足を止めた。

 角のところに三代目エリシアの石像があり、生年と没年が記されている。


「やっぱり……」


 三代目エリシアは二十九歳という若さで亡くなっている。

 彼女が亡くなった年に魔剣アンスロポスも紛失している。


 三代目エリシアは病死したとされるが、具体的にどんな病気だったのか、どこで病気にかかったのか、一切の記録は残されていない。


「どうしよう……」


 マーリンの記憶が戻ったら知らせるようグレイから命令されている。


 でも単なる寝言。

 まだ記憶と決まったわけじゃない。

 死んだ誰かの思い出がマーリンの体に乗り移っているだけかもしれない。


(三代目エリシア様の最後の一年をマーリンなら知っているの? 病死って本当? だって医学に精通していた女性なんだよね。病名も分からないって、普通に考えたら変だよね)


 顔を上げると自分の部屋のドアがあった。

 いつも出入りしている扉が今日はやけに重い。


「マーリン? 起きている?」


 寝ていた。

 猫のように体を丸めて気持ち良さそうにく〜く〜と。

 ウィンディはベッドに腰かけて目覚めの瞬間がくるのを待つ。


 十回くらいため息を吐いていると、オッドアイがようやく開いた。

 ウィンディはベッドの横にしゃがみ込み、視線の高さを合わせた。


「ねぇ、マーリン」


 もう後戻りできないかもしれないと知りつつ、禁断の質問を口にする。


「一個だけ教えてほしいのだけれども、アンスロポスって聞いたことある?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る