第140話 友達じゃダメですか?

「ふぇ……」


 マーリンは寝起きの目をゴシゴシした。

 何気ない仕草だって、この子がやると可愛らしい。


「ねぇ、アンスロポスって知ってる?」

「どうしたのですか、急に」

「いいから答えて」


 マーリンの顔に走ったのは明らかな困惑。

 この瞬間、何も知らないのだな、というのが伝わってきて、心の緊張がほぐれた。


「あん……すろ……? お菓子の名前ですか?」

「ううん、ごめんね、忘れて」


 ウィンディにはクロノスの瞳の過去視がある。

 マーリンに使ってみても、見えるのは空っぽの世界だけ。


 この子には過去がない。

 生まれたての赤ちゃんみたいに空白が詰まっている。


(私の魔力が足りないのかな? そもそも過去を取り戻したとして、マーリンは幸せになるのかな?)


 二つの手がウィンディの首に絡みついてきた。

 頬擦ほおずりされると金髪がくすぐったくて笑ってしまう。


「今日は豊穣祭エリシア・デイなのです。ウィンディといっぱい楽しみます。後でエリシア様とお話しします」

「そうだね。一年に一回だもんね。二人の思い出を作らないとね」


 マーリンの着替えを手伝ってあげた。

 ワンピースに袖を通して小物類をつけると、お花の妖精みたいになる。


「髪はどうする? いつもエリシア様に整えてもらっているんだっけ?」

「はい、今日はウィンディに整えてもらいます」

「えっ⁉︎ 私⁉︎」


 びっくりしたウィンディはくしを落としそうになった。

 おしゃれに無頓着むとんちゃくだからアレンジのやり方を知らない。


「三つ編みくらいしかできないよ」

「それで構いません」


 髪を真ん中で分けて、左右に三つ編みを作ってあげた。

 マーリンの髪はくせっ毛がないから触っていて気持ちいい。


「いいね、マーリンは髪の毛がきれいで」

「ウィンディの銀髪もエリシア様みたいできれいです」

「私のはゴワゴワしているからな。でも、褒めてくれてありがとね」


 マーリンを鏡の前に立たせてみる。

 前から見ても後ろから見ても文句なしの美少女だろう。


 ちなみにウィンディはシャツにズボンという格好で出かける。

 腰に剣を差しているからパッと見は男である。


「ウィンディは今日も剣を持っていくのですか?」

「うん、マーリンを守らないといけないしね。王都だって魔物が出る日もあるんだよ」

「ウィンディの背中は私が守ります!」

「はいはい」


 部屋を出ようとしてウィンディは足を止めた。

 やっぱりマーリンには真実を打ち明けないといけない気がした。


豊穣祭エリシア・デイの日にこんな話もアレだけれども、マーリンには真実を伝えておくね。今朝、マーリンが寝言をいっていたの。その中に魔剣アンスロポスって言葉が出てきたの。もしかしたら、マーリンの記憶に関する手がかりかもしれない」

「それでアンスロポスのことを聞いたのですか。なら、納得です」

「あれ? 驚かないんだね」


 拍子抜けしたウィンディは目を丸くする。


「私にどんな過去があったとしても、今はエリシア様の弟子なのです。エリシア様のお役に立つことを最優先に考えています」

「マーリンは一途だなぁ〜」

「ウィンディは一番の友達なのです。ウィンディが大人になっても、私と仲良くしてほしいのです」

「ッ……⁉︎」


 一番の友達なんて言葉、耳にするのは生まれて初めてで、ウィンディは大赤面してしまう。


「あれ? 友達じゃダメですか?」


 そして可愛い上目遣いである。


「ううん、ダメじゃないよ。私もマーリンとずっと仲良しがいいな。大人になっても一緒に遊ぼうね」

「はい、ウィンディは私の憧れなのです」

「憧れ⁉︎ エリシア様じゃなくて私なんだ⁉︎」

「エリシア様はとっても遠い存在なのです。でも、ウィンディは一緒に歩いてくれる友達なのです」


 マーリンの方から手を握ってきた。

 手近にある目標と言われた気がして、ああ、と納得する。


「私、ウィンディのことが好きです」

「あ〜、うん、ありがとう。でも、好きって気安く言わない方がいいかな。誤解を招くこともあるし」

「そうなのですか⁉︎ でも、エリシア様はグレイ様のことが好きで、グレイ様もエリシア様のことが好きです! 好きはダメなのですか⁉︎」

「いやいや、ダメじゃないよ!」

「だったら私、ウィンディのことが好きです! 大大大好きです!」

「ッ……⁉︎」


 可愛い。

 いや、可愛すぎる。

 同じ女子とは思えないくらいに。

 嬉しすぎて心臓がひっくり返りそうになる。


「ウィンディはマーリンのこと、好きになってくれないのですか⁉︎」

「いや……好きだけれども……え〜と……」

「嫌いな部分があるのですか⁉︎」

「そうじゃなくて……」


 マーリンが泣きそうな表情を浮かべるから、痛いくらい気持ちが伝わってきた。

 マーリンは未熟すぎて、好きの意味が分かっていない。


「また私の部屋に泊まりにきなよ。週に一回くらいでいいからさ。マーリンと一緒だと私も嬉しいな」

「お誘い、ありがとうございます! 絶対ウィンディの部屋に泊まりに行きます! ウィンディがもっと私を好きになってくれるよう、私も頑張りますね!」

「いや〜、自然体のマーリンが一番ステキかな」

「そうなのですね。難しいですね」


 マーリンは一途すぎて、存在がキラキラしていて、これ以上成長しなくていいかも! と思わずにはいられなかった。

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