第172話 強い魔剣士ばかり生まれた理由
そっと肩に手が触れてきた。
振り返るとピンク髪の女性ミーティアがいて、しぃ〜と唇に指を当ててから、こっちこっちと手招きしてきた。
ウィンディとマーリンはなるべく音を立てないよう移動する。
大きな木の下にベンチがあり、マーリンと向かい合うように座った。
「あの二人、今ピリピリしているから。下手に声をかけない方がいいよ」
そういうミーティアの眼鏡が新しくなっていることにウィンディは気づいた。
療養中に師匠のグリューネが買ってきたのだろう。
「シャルティナさん、荒れていましたね」
「そうだね。シャルティナは合宿で私とスパイクに勝利して、気分を良くした後だったから。私よりダメージが大きいかもね」
三人で紅茶とクッキーを分けあった。
コップが二つしかないので、片方はミーティアに貸して、残った一つをウィンディとマーリンがシェアした。
「こういう時はね……」
ミーティアの滑らかな手がコップを包み込む。
「師匠に優しくされると、かえって辛いかも。ネロ様もレベッカ様も弟子想いでしょう。だからシャルティナとスパイクは余計に落ち込んでいるんだよ」
グリューネはドライな性格をしているから『災難だったね』くらいしかミーティアに声をかけなかったらしい。
気休めの言葉に意味はないと知っているのだろう。
「でも、シャルティナの気持ちはよく分かる。自分の師匠が優秀だと劣等感に
「いやいや⁉︎ グレイ様はすごいですし! そもそも比較するのも
マーリンも似たような意見だった。
「本当はね、グリューネ様って私の姉弟子なんだ」
「えっ……」
びっくりして唇を噛みそうになる。
「
二人の年齢も十歳くらい離れているそうだ。
「ミーティアさんの元の師匠、え〜と、グリューネ様の師匠は今どちらに?」
「
「十年も⁉︎」
筋金入りの引きこもりだった。
「外の世界が嫌いな人だから。火事でも起こらない限り、死ぬまで図書館にいると思うよ」
「よっぽど読書が好きなのですね」
ミーティアは苦笑いしつつ首を横に振る。
「静かで人の少ない図書館が好きなだけ。本は好きでも嫌いでもないかな」
『灰かぶりの魔女』という異名で有名な人らしい。
歴代エメラルドの魔剣士と比較しても、五指に入るほど優秀な女性だという。
「生涯負けなしってことですか?」
「そうだね。七人いる魔剣士の内、エメラルドの魔剣士が最強って、二十五年前なら言われたでしょうね」
今はエリシアがいるから誰が最強みたいな議論は起こらない。
「魔女は外見が一切老けないとグリューネ様が話していましたが……」
「あれは魔女の中でも例外。魔剣士になるって確信がないと禁術は使えないよ。未熟な人がやると、生殖機能どころか命まで落としちゃうから」
今を生きる魔女で禁術を使っているのはグリューネとその師匠の二人だけ。
「じゃあ、ミーティアさんは……」
「私は死ぬまで禁術を使わないと思う。いずれ魔剣士になったとしても、スパイクが話していたように、自分より優秀な弟子を育てて引退するかな」
そんな魔剣士の生き方もあるのだとウィンディは初めて知った。
「魔剣士の半数は三年以内に引退するか戦死するって聞いたことある?」
「初耳です!」
「そっか……今の世代が粒ぞろいだから想像できないよね。記録を調べたら分かるけれども、五年も現役だったら優秀で、十年も現役だったら超優秀なの。グレイ様、ネロ様、レベッカ様は十年を超えているし、五年に満たないのは若いエリシア様、ファーラン様の二人だけ。どちらもこの先十年は現役だと思うな」
魔剣士の質がかつてないほど高いとミーティアは主張したいらしい。
「現役の方々って、ほとんど十代で魔剣士デビューしているから。これって異常なんだ」
「どうして今の時代は強い魔剣士ばかりそろっているのですか?」
「二十年前の事件が関係しているといわれている」
厄災の王アヴァロンが出現。
四人の魔剣士が落命し、一人が引退した。
以降、強い魔剣士ばかり誕生している。
「当時は国家が滅びるかもっていう危機感があったから。グリューネ様も幼少期で、リアルの空気を知っているの」
事件以降に生まれた世代。
二十歳以下には目ぼしい才能がいないといわれている。
エリシアは唯一の例外だが、どの魔剣士の高弟もパッとしないのが実情なんだとか。
「師匠が偉大だと優秀な弟子が育ちにくいというジンクスがある」
「でも、迷信みたいなものですよね」
「そうだね。エメラルドは二代続けて優秀だから。さすがに三代続けては無理そうかな」
ウィンディとマーリンにはジンクスを破ってほしいとミーティアはいった。
……。
…………。
その夜のお風呂上がり。
二人はウィンディの部屋でくつろいでいた。
実は今日、ベッドのシーツを洗ってもらった。
きれいな体で寝転がると気持ちいい。
「エリシア様、忙しそうだったのです」
マーリンがしょんぼりする。
「グレイ様もバタバタしていた。役に立てないのって何か悔しいな」
お風呂上がりのマーリンは髪の毛がツヤツヤで、腕に触れたりすると気持ちいい。
「今日は日光をたくさん浴びたせいか、眠くなってきました」
「うん、私も」
マーリンが
不思議な現象だね、なんて笑い合っていると、ふいに窓ガラスが小刻みに震えた。
不思議な音がする。
ギギギギィ〜! と重い金属のこすれるような音だ。
昼間ならいざ知らず、こんな夜中だと迷惑にも程がある。
たっぷりと王宮の空気を揺らした騒音は、しばらくした後消えた。
王宮の衛兵が動いており、何事かと話し合っている様子である。
「ウィンディ、この音、魔剣保管庫の方からしました! きっと誰かが魔剣保管庫を開けたのです!」
マーリンの手が服を引っ張ってきた。
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