第63話 ずっと離れませんからね

 念願だった魔剣士に復帰した。

 二回目とはいえ、正式に任命されると、喜びもひとしおだった。


「やりましたね、師匠」

「おめでとうだぜ、グレイ」

「あらためてよろしく、グレイ」


 三者三様の言葉で祝ってもらう。


「魔剣士が八人……本当に三百年ぶりだな」


 師匠と弟子がそろって現役の魔剣士に……。

 この現象は珍しく、過去にも数例しかない。


「まさか、エリィが返上したオリハルコンの位を、師匠である俺が継承するとはな。こんな現象、後にも先にも聞かないだろう」

「でも、魔剣士としてのキャリアは、師匠の方が上ですから」

「フォローになってないぞ、エリィ」

「そ……そうですかね⁉︎」


 本気で慌てるエリシアがおかしくて、つい笑ってしまう。


「自分でも驚いている。エリィと一緒に魔剣士を名乗れるなんて」

「もしかして、昔に私が語った夢、覚えていてくれたのですか?」

「二人で一緒に魔剣士やりたい、といったやつだろう」


 当然、覚えている。


「エリィがオリハルコンの魔剣士を継承した時、俺は戦死していることになるからな。絶対に叶わない夢と分かっていたから、逆に覚えている」

「でも、叶っちゃいました!」

「エリィの実力だ。本当にすごい弟子だ」

「えへへ、また褒められちゃいました」


 今回もエリシアの私室にお邪魔している。

 この王都で唯一『エリィがありのままの自分』になれる場所だ。


「忘れない内に師匠へプレゼントを渡しますね。大したものじゃありませんが。魔剣士へ復帰したお祝いです」


 やっぱり来たか!

 グレイは背筋を伸ばす。


「何だろう。エリィからのプレゼントか」

「よかったら、当ててみてください」

「そうだな……」


 武器とか防具か。

 ちょっと高い文房具か。

 それとも男向けの宝飾品か。


 グレイは思いつく候補を並べたが、結果はどれもハズレ。


「答えはですね……手を貸してください」

「これは?」


 プレゼントは手に収まるサイズだった。

 軽くて、黄金色で、冷んやりしている。


「部屋のカギです」

「それは見れば分かるが……」


 問題なのは、どこの部屋なのか。

 言葉で教える代わりに、エリシアは隣を指差した。


「エリィの私室って、執務室とつながっています。そして反対側の部屋は、空室となっています。そこに家具を運び込んで、師匠の部屋にしました。もちろん、エリィの私室とつながっています」

「そういうタイプの部屋は……」


 夫婦、もしくは婚約した男女が住むやつ。

 グレイは信じられない気持ちでカギを見つめる。


「師匠には、いつでもエリィの顔を見る権利をあげます」

「いいのか。エリィが気持ちよさそうに寝ている姿を見るかもしれない」

「レベッカが言うには、私の寝顔ってチャーミングらしいです」

「だったら、この目で確かめないとな」

「どうぞ、ぜひ」


 エリシアを抱き寄せて、銀髪にキスを落とした。

 衝動的にやってしまったグレイは、


「すまん、体が勝手に動いてしまった」


 と子供みたいな言い訳を並べる。


「いえ、嬉しいです。師匠の方からキスしてくるなんて。不意打ちだったので、ドキドキしました」

「プレゼントが嬉しかった。これでエリィと一緒の時間が増える。今までよりエリィを守れる」

「せっかく隣に住むのですから。会いにきてくれないと、泣いちゃいますよ」

「バカいえ。エリィを泣かすわけない」


 エリシアの額にキスしそうになり、ハグで我慢しておいた。


「師匠、信じていいですか。もうエリィを一人にしないって言葉」


 エリシアの方もグレイに抱きついてくる。


「ああ、もちろん。何があっても君を手放さない」

「だったら、エリィも師匠から離れません」


 エリシアの鼻がシュンと鳴る。


「なんだ? 泣いているのか?」

「嬉しすぎて泣いているのです。こんなにも師匠の愛に包まれて、起きたまま夢を見ている気分です」

「エリィは……その……感情表現がストレートだな。そこがエリィらしいが」

「だって、大好きな師匠の前ですから。嘘はきたくありません」

「可愛いな。本当に愛くるしい」


 エリシアの体温を堪能たんのうした後、グレイはプレゼントを取り出した。

 ネロと買いにいったペンダント。


「この十年、俺はエリィに何一つお祝いできていない。その第一歩として受け取ってほしい」

「もらっちゃっていいのですか⁉︎」

「受け取ってくれないと、俺が泣く」


 エリシアを鏡の前に立たせて、グレイは後ろからペンダントをかけてあげた。

 予想していた通り、清楚せいそなエリシアに似合っている。


「きれい! なのに可愛い! とっても嬉しいです!」

「よく似合っているよ、エリィ。少し大人っぽい雰囲気になった」

「やだ……嬉しさで泣いちゃいそうです」


 くるりと反転したエリシアは、グレイの肩に手を伸ばしてくる。


「師匠……あの……とても変なこと言ってもいいですか?」

「どうした? 顔が赤いぞ」

「キスしたいです。私の方から。ペンダントのお礼に」

「今すぐにか?」

「エリィの喜びを伝えたくて。何か手段はないか考えたら、キスする以外に思いつきません」

「分かった。キスしよう」


 花弁のような唇が、ちょこん、とグレイの唇にタッチした。

 一瞬だが、世界に光が満ちたような気がした。


「すごいです。胸が苦しいのに、心も体も喜んでいます」

「俺からもいいか。エリィにキスしたい。こんなに可愛い女の子がいるのに、キスを我慢できるほど、俺は人間ができていない」

「はい、しちゃってください」


 グレイからお返しのキスをした。

 くぐもった声で「あんっ……」と返された。


「もう一回いいか?」

「はい、いいですよ」


 追加でキスする。


「エリィの表情が可愛すぎる。もう一回」

「ええ、どうぞ」


 お代わりのキス。


「唇が美味おいしいな。もう一回」

「あ〜ん……積極的すぎます」


 もう理由なんて何でもいい。


「エリィの声が色っぽいな。もう一回」

「やだ……恥ずかしい」


 たくさんの可愛いを見つけたい。


「エリィの脈が速くなっているな。もう一回」

「ウソ⁉︎ バレてる⁉︎」


 知らないエリシアを知りたい。


「キスするたびにエリィが可愛くなっていく。もう一回」

「ダメ……やだ……ダメ……」


 言葉とは裏腹に、エリシアはまったく抵抗してこない。


「ダメとか言う割には嬉しそうだな」

「だって、エリィの大好きな師匠が、こんなにも積極的ですから。明日から楽しい日々が続くのかと思うと、みっともない顔になっちゃいますよ」

「みっともない、なんてあるものか。今のエリィには魅力しかない」

「あんまり褒められると……」


 気持ちを一つにした男女は、甘くてトロけるようなキスを交わした。


「本当の本当の本当に師匠のことが好きです」

「ああ、俺も好きだよ、エリィ」

「ずっと離れませんから」


 二人の手が絡み合う。


『お前だけでも生き延びろ!』と言い残して早十年。

 愛弟子が俺好みの女に成長していた。


(第一部 〜完〜)




《作者コメント:2022/07/10》

 明日から基本一日一話更新に戻ります……泣

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る