第174話 魔剣ラグナロクの使い手

(ニセモノじゃない! 本物の魔剣ラグナロクだ!)


 四大魔剣の内、長らく紛失しているのは二つ。

 エクスカリバーとラグナロク。


 なぜウィンディが一発で本物と見抜けたかというと、魔剣のシルエットが瓜二つだったから。

 カットラスのように湾曲したデザインが魔剣アポカリプスと一緒なのである。


 アポカリプスとラグナロクは双子の魔剣とされており、違いがあるとすれば色くらい。


 青白いオーラをまとっている魔剣アポカリプスに対して、魔剣ラグナロクは赤と黒のオーラをまとっている。

 陽と陰、天と地、清と濁のように対をなす存在なのである。


「くっ……」


 最初のぶつかり合いで押し負けたのはエリシアだった。


 これは驚嘆きょうたんすべきことである。

 相手の実力が分からないので小手調べくらいのパワーで斬りつけただろうが、エリシアが押される姿を全員が初めて目にした。


「ならば……」


 エリシアは強く地面を踏み込む。

 すぐに体勢を立ち直して、自信のある技を繰り出した。


神速の七連撃セイクリッド・ブリッツ!」

神速の七連撃セイクリッド・ブリッツ!」


 何が起こったのか、ウィンディの目だと速すぎて追えなかったが、二人が再び斬り結んだのは分かった。

 またしても押し負けたのはエリシアで、背中からレンガの建物にぶつかった。


「いった〜」


 あのミスリルの魔剣士が痛みにもだえている。

 起こってはならないことが起きていると、グレイの表情が物語っていた。


「あいつ……エリィと同じ技を使った」


 魔剣ラグナロクの使い手はウィンディの真横に降り立った。

 どんな怖い人物かと思いきや、うら若い女性だった。


「久しぶり、ウィンディ。豊穣祭エリシア・デイ以来だね」

「……ソフィアさん」


 赤い目に黒い髪。

 忘れるわけがない。

 あの日、ウィンディたちを助けてくれたソフィアだ。


 雰囲気はあの時とちっとも変わらない。

 人懐っこくて、気品があって、自信に満ちている。


「見てくれた。私ってけっこう強いでしょ。ウィンディに格好いいところを見せたくて、つい気合いが入っちゃった」

「ごめんなさい。ちょっと何いっているのか分からないです」


 陽気に笑っていたソフィアは小首をかしげる。


 強いのは元から知っていた。

 ウィンディとは別次元の存在だということも。

 問いたいのはそういうことじゃなくて……。


「おいおい、エリシア嬢の色違いじゃねぇか」


 疑問を代弁してくれたのはネロだった。


 顔つき、背の高さ、魔剣だけじゃない。

 偶然だろうが、白のワンピースドレスを着ているエリシアに対して、ソフィアは漆黒のワンピースドレスをまとっている。


「俺たちから言わせりゃ、そっちがソフィアの色違いだぜ」


 カイルが横槍を入れると、ソフィアは魔剣保管庫の上を睨んだ。


「カイルは黙って。話がややこしくなる」

「へいへい……」


 ソフィアはくるりと向き直り、立ち上がったエリシアに切っ先を向ける。


「先代エリシアの模倣みたいな技じゃ、私には勝てないよ」

「やってくれましたね。ちょっと動揺しただけです。あれは実力の半分の半分しか出していないのです」

「ふ〜ん……あれで半分の半分か〜」


(エリシア様が負け惜しみを口にした⁉︎)


 これは笑い事じゃない。

 二人が本気で戦ったら一帯の建物が全壊するだろう。


 次に動いたのはグレイだった。

 横合いから魔剣グラムで斬りかかり、ウィンディからソフィアを追い払った。

 ひらりと斬撃を避けたソフィアは仲間たちのところへ着地する。


「分かってくれたかな、エリシア。ここで私たちが戦ったら周りの人が死んじゃうよ。ほぼ確実に」

「…………」


 エリシアにも立場がある。

 はい、そうですね、と納得できるわけない。


「私たちが持ち出した魔剣は三つだけ。奪われたものを取り返したってことで今回は見逃してくれないかな」

「拒否します。あなたの逃げ足は速そうですが、他の三人はそうじゃないでしょう」

「むぅ〜」


 ソフィアが不快そうに唇を尖らせるものだから、綿密な計画があるわけじゃなく、向こう見ずで王宮に攻めてきたのだと分かった。


「どうしよう、ゴルダーク。逃がしてくれないってさ」

「申し訳ありません、姫様。我ら三人が頼りないばかりに」

「そういう問題じゃないんだよな〜。どうやってエリシアから逃げ切るか、良いアイディアを出してほしいんだよね」


 そこまで話したソフィアはポンと手を鳴らす。


「そうだ。じゃあ、魔剣はレンタルってことにしてくれないかな。用が済んだら王宮まで返しにくるよ」

「魔剣を借りたいといってますか」

「悪い話じゃないでしょう」


 ソフィアは魔剣ラグナロクで肩をトントンする。


「欲しけりゃ、この子もつけてあげるよ。すごい魔剣なんでしょう」


 うまい約束だ。

 国としては一滴の汗も流さずに四本の魔剣が返ってきて、その中の一本は最上位ときた。


「承服しかねます。あなたの目的が不明ですから。そもそも約束を守ってくれる保証がありません」

「う〜ん、困ったなぁ〜」


 エリシアと同じ顔で悩まれると、見ているこっちが混乱しそうになる。


「よ〜し、だったら……」


 ソフィアは魔剣ラグナロクを天に向けた。


「魔剣士を足止めしたらいいんだよね。この子の力を借りちゃおっか」


 呪文を唱える。

 すると天空に巨大な門が出現した。

 闇夜を真っ二つに裂くように扉が左右に開き始める。


 最初に出てきたのは骨の手だった。

 かなり大きい、小指だけでも人の身長を超えている。


(手であのサイズってことは、本体は……)


 生まれてから味わったことのない恐怖がウィンディの背を伝った。


天獄の門ヘル・アンド・ヘブン……いたずらに死人を出したくないから、この術は使いたくなかったけれども」


 徐々に開いていく門の奥から髑髏どくろの目がエリシアを睨んできた。

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