第175話 天獄の門《ヘル・アンド・ヘブン》

 天獄の門が完全に開ききった時、冷気のようなものが降りてきて、周囲の気温をみるみる冷やした。


 骨だけの何かが落ちてくる。

 シルエットは人間に似ているが、背中に大きな羽がある。


(こんなバケモノと戦うの⁉︎)


 気圧されるように後ずさりした。

 どうやったら倒せるのか、相手が規格外すぎて、ウィンディの頭では見当もつかない。


 怖くなってグレイを見上げる。

 十年のベテランらしく冷静に相手を見据えている。


「魔剣士の関係者以外は全員下がれ! スパイクたちは魔剣を解放しろ! 迂闊うかつに近づいたら命を吸われるぞ!」


 ほうけたように立ち尽くしていた衛兵たちが一斉に距離を開けた。


「死の天使デスだよ」


 ソフィアがいう。


「私からエリシアへ贈りもの。まあまあ骨があると思うんだよね。続きはこの子が戦ってくれるから」


 天使の胸には巨大な剣が突き立っている。

 地面から王宮のてっぺんより大きな武器を、天使は無理やり引き抜いた。


「じゃあ、私たちはおいとましようかな。バイバイ、エリシア。そう遠くない将来、再会しましょうね」


 最初にカイル、バリスタ、ゴルダークの三人が逃げ出した。

 エリシアたちの足止めに成功したのを確認してからソフィアも魔剣保管庫からジャンプする。


 逃走を許してしまった。

 それだけ骸骨の天使がヤバい存在なのだ。


「ウィンディ! これを預けます!」


 エリシアが投げて寄越してきたのは魔剣アポカリプスのさやだった。


「キング宮殿へ向かってください! 陛下に避難を呼びかけるのです! 王宮の地下にはシェルターがありますから!」


 魔剣アポカリプスの鞘があれば、ウィンディでも国王のところまで辿り着けるらしい。


「一人ですが、できますよね」

「はい!」


 ウィンディを危険な戦場から遠ざけたい。

 エリシアの優しさが伝わってきて、何とも複雑な気分にさせられた。


「私たちの心配は不要です。ウィンディはウィンディの安全を優先してください」


 まずグレイ、ネロ、レベッカが魔法で攻撃した。

 空中にいる天使はわずかにバランスを崩したのち、ターゲットの存在を確認する。


「敵を建物から遠ざけます! 芝生広場の方へ誘導するので、移動しながら攻撃してください!」


 エリシアの号令により、本格的な戦闘が始まった。


(私は私の使命に集中しないと!)


 キング宮殿の入口のところで止められた。

 知名度のないウィンディだが、魔剣アポカリプスの鞘を見せると簡単に通してくれた。


 階段を駆け上がる。

 最上階でも再び止められる。


「エリシア様から言伝ことづてを預かっています。王族の皆様は地下シェルターへ避難してください」


 王様に昔から仕えている男は、いったんヘンドリクス七世本人に確認を取った後、面会する許可をくれた。


「失礼いたします、陛下」


 広い部屋に入って頭を下げる。

 国王の周りには家族が集まっていた。


「君は確かグレイの弟子だね。一体、外では何が起こっているんだい」

「敵襲を受けています。今エリシア様たちが応戦しています」

「ふむ……」


 国王が白いひげをなでると、その後ろから王女の一人が進み出た。


「それじゃ敵の侵入を許したってこと? 王宮の守りはどうなっているのよ」


 高慢な女性だなと思ったウィンディは、あえて質問には答えずに、国王の目を直視した。


 こうやって話している間にもエリシアたちは戦っている。

 ウィンディの目的は王族を避難させることであって、言い訳や弁明をしたり、苦言に反論することじゃない。


「ここにエリシアがいないってことは、それだけ油断ならない敵なんだろう。分かった。地下のシェルターへ避難しよう。王族が魔剣士の足を引っ張るわけにはいかない」


 ヘンドリクス七世の決定に反対する者はいなかった。

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