第176話 いつか一緒に戦える日がくることを
避難の
天使は喉奥から死霊の軍勢を吐き出して、それをエリシアの光がかき消した。
「なんと
女性は悲鳴をあげて、子供たちは泣き出す。
ウィンディでさえ怖いのだから、王族が味わう恐怖なんて比じゃないだろう。
「エリシアを信じなさい。さあ、下へ降りるのだ」
ヘンドリクス七世は親族を励まして、泣いている子の手を握ってあげた。
地下のシェルターには二種類あって、男系の王族のみ入れるやつと、誰でも入れるやつ。
二手に分かれる一族はしばしの離別を悲しんだ。
「あなた、ちゃんと私たちを守ってくれるのでしょうね」
誰かと思えば、ウィンディに突っかかってきた王女だった。
「命ある限りお守りします。私がお約束できるのは、その一点だけです」
死んだら終わり。
当たり前を口にしたつもりが、王女は派手に動揺した。
「魔剣に選ばれた人じゃないの⁉︎ それなりに実戦の経験はあるのでしょう⁉︎」
「お言葉ですが、魔剣に選ばれていたら今ごろあの
「そう……」
王女は心底ガッカリする。
そりゃ、自分の命を守ってくれるのが単なる見習いじゃ心許なく感じるのが当然だろう。
ウィンディが相手の立場でもそう思う。
王女は髪につけているブローチを外すとウィンディの手に握らせた。
「臨時の給金よ。売ったらそこそこのお金になると思う。私もあなたも今夜は災難ね」
受け取っていいのだろうか。
目からウィンディの迷いを汲み取ったであろう王女は、
「いいから。受け取りなさい。王族から贈られたものは遠慮せずに懐に収めるのが国民の義務ってものよ。どんな無用の長物だとしてもね」
と圧をかけてきた。
ゴールドの金属に淡いグリーンの宝石が埋め込まれている。
マーリンの眼をイメージさせる色だなと思ったら、売るのは
「本当にいただいてよろしいのでしょうか?」
「くどいわね。エリシアがあなたの立場でもありがたく受け取るわ。それに……」
王女はツヤのある金髪を手ですくった。
「さっきはごめん。感じの悪い言い方をしちゃった」
「いえ……むしろ当然でしょう」
ウィンディは頭を下げてからブローチをポケットにしまった。
最初はトゲのある王女だと思っていたけれども、根は親切なのかもしれない。
戦闘の音は繰り返し響いてくる。
ズドン! と重い何かが落下するような振動も。
(ソフィアさん……)
賊なのだけれども、敵じゃないような気もする。
ウィンディに馴れ馴れしく話しかけてきたし、他の三人はともかく、ソフィアは人を殺めるような女性じゃないと思う。
むしろ心配なのはエリシアの方。
ソフィアと魔剣ラグナロクを目にして、明らかに困惑している様子だった。
本来ならエリシアにしか使えない先代エリシアの技をソフィアが会得していたのも気になる。
(どちらも四大魔剣を持っているし、あの二人って戦力がほぼ等しいってことかな)
国を揺るがす一大事の上に立っている気がする。
地下にいるせいか空気が冷える。
王の孫娘が丸くなっており、それを母親が抱きしめている。
温かい飲み物が欲しいと思っていたらメイドがスープを鍋ごと運んできた。
量はたっぷりあるのでウィンディも一杯分けてもらった。
チキンの
食器を返したウィンディは起立の姿勢に戻る。
外の様子は時々衛兵が伝えてくれた。
『エリシアたちが優勢なように見える』という報告が入ったので、場はにわかに明るくなった。
小さい子供が寝落ちし始める。
立ちっぱなしのウィンディのため后が椅子を用意してくれたので、無駄に体力を削らないため、と自分を説得してから腰かけた。
眠気はない。
マーリンが怯えていないか、そっちが心配なくらいだ。
けっきょく、
衛兵が慌ただしく駆けてくる。
届いたのはエリシアの勝報であり、歓声によって子供たちが目覚めた。
「ウィンディ殿、ミスリルの魔剣士がお呼びです」
殿呼ばわりされるなんて人生初で、えっ? 私? と自分を指差してしまった。
「お勤めご苦労とのことです」
「分かりました。すぐに向かいます」
キング宮殿を抜け出したウィンディは、途中、窓の外から自分の部屋をのぞいた。
マーリンが車椅子に腰かけたまま眠っている。
コンコンと窓をノック。
ウィンディに気づいたマーリンは、車椅子から立とうとしてバランスを崩し、ベッドに倒れ込んだわけであるが、ハイハイしながら窓辺へ寄ってきた。
「もう大丈夫だよ、マーリン。敵襲があったけれども、先ほどエリシア様が勝ったって」
「怪我はありませんか、ウィンディ」
「うん、私は平気」
マーリンも早くエリシアに会いたいだろう。
そう思い車椅子を押してエリシアのところへ向かった。
現場では天使の後始末が行われていた。
最初はいなかったグリューネも合流しており、死体からもれる
「エリシア様!」
ウィンディとマーリンに気づいたエリシアは作業の手を休めた。
魔剣アポカリプスの鞘を返すと、思いっきり抱きしめられた。
「王族警護の任、ご苦労様です」
「…………」
「どうしました?」
「なんか私、あまり役に立てませんでした」
「何をいっているのですか」
ウィンディの不安を消し飛ばすようにエリシアは明るく笑う。
「あなたは毎日成長しているじゃないですか。いつかウィンディと一緒に戦える日がくることを、私は楽しみにしているのですよ」
あのエリシアが頼りにしてくれる。
上辺だけの優しさじゃないと分かり、胸の深いところが甘酸っぱくなる。
「夜明けですね。新しい一日の始まりですよ」
三人は同じ朝日を見つめた。
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