第111話 お前は存在がキラキラしている

 アッシュの目は痛いくらい真剣だった。

 失礼ですがアッシュさんの年齢っていつくですか? という本音がポロリと出ちゃうくらいには。


「逆に聞くが、何歳だと思っているんだ」

「さあ……三十五くらい……かな」

「まだ二十五だ! 老け顔で悪かったな!」


 ごめんなさい! と頭を下げたウィンディは、頬っぺたの傷のせいで貫禄かんろくがあるように見えるのだろう、と思い直した。


「たくさん苦労してきたのですね」

「よせよ。苦労自慢し出したら、歳食った証拠っていうだろう」

「おおっ! 名言じゃないですか⁉︎」

「あれは俺が十歳の冬だった……」

「苦労自慢ですか⁉︎」


 話は本題に戻る。

 魔剣士見習いになったとして何がしたいのか。


「二十五歳の男が見習いになっても意味がないとか、そういう想像を今浮かべただろう」

「すみません……想像しちゃいました」

「まあ、分かる。才能あふれる人間は十五歳くらいで魔剣士になるからな。エリシア様みたいによ。俺なんて遅いってレベルの話じゃねぇ」


 ウィンディの胸がチクリと痛んだ。

 年齢を気にしていた自分がちょっと恥ずかしい。


「でもよ、魔剣士になるだけが見習いの生き方じゃない。魔剣士をサポートするのだって立派な使命なんだ。中には雑用みたいな仕事もある。俺はそれでも十分だと思っている」

「アッシュが大剣を使っていたのは、もしかしてグレイ様の真似事?」

「よく分かったな。ご名答だ」


 アッシュが少年みたいに笑う。


「ずっと昔、俺の生まれた村が魔物に襲われたことがある」


 その時に助けてくれたのが幼いエリシアを連れたグレイだった。

 怪我人の手当てだったり、瓦礫がれきの撤去にも手を貸してくれた。


「ウィンディは知らないかもしれないが、グレイの旦那は死んだと思われていた。十年前のアヴァロン戦でな。でも生きて帰ってきた。奇跡みたいな話だよ。俺は嬉しくて、嬉しくて……」


 アッシュがその場で泣き出すものだから、


(十年前も死ぬほど号泣したんだろうな〜)


 と容易に想像できてしまう。


「グレイの旦那は忙しい人だ。今まで助けた村のことなんて、いちいち覚えていないだろう。でも、俺は誓ったんだ」


 いつか貴方あなたみたいに強くなります、と。

 そうしたらグレイは、その時は俺の剣で君の力を測ってやる、と返したらしい。


 ウィンディは驚きの声をあげた。


 グレイは約束を果たしたのである。

 魔剣グラムは装備しておらず、普通の片手剣を持っていたが、確かにアッシュの実力を測ってあげた。


 偶然だとしても……。

 叶わないはずのアッシュの夢を叶えたことになる。


「いい話じゃないですか〜」

「俺は思ったよ。もっと強くなりたいって。強くなった姿をグレイの旦那に見てほしい」


 アッシュは柵から腕を伸ばしてウィンディの額をツンツンする。


「本音を言うと、お前がうらやましい。俺より九歳も若い。体内に秘めている魔力だって大したものだ。しかも生まれ持った特殊能力まである。実際にグレイの旦那からオファーをもらった」

「アッシュ……」

「魔剣士って何なのか、俺は一晩考えてみた。人に夢や希望を与えられる人間じゃないか。少なくとも俺は夢をもらった。グレイの旦那から。俺もこの人みたいに強くなりたいって」


 叶わなくてもいい、とアッシュは言う。

 夢にはそれ自体に価値があって、叶ったとか、叶わなかったとか、小さな問題だと。


「ウィンディならなれるかもな。誰かに夢や希望を与えられる側の人間に。言葉じゃ上手く表現できないが、お前は存在がキラキラしている」

「キラキラって……なんか曖昧あいまい……」

「もし、十年後の今日、ウィンディが魔剣士になっていたとする。そうしたら俺は自慢する。ウィンディの才能を最初に見出したのは俺だぜ。あいつは故郷から出てきたばかりで、右も左も分かっていなかった。でも、ただ者じゃない雰囲気をまとっていた、と」

「それって、アッシュが自慢したいだけじゃないの?」

「でも、事実だ。俺と出会ってお前は王宮にいる」

「まあ……確かに」


 アッシュという人間を勘違いしていたようだ。

 もっと寡黙かもくで、無愛想で、一匹狼のような男だと思っていた。

 こうして話していると歳の離れた兄のように思えてくる。


「ほら、差し入れだ。食うか」


 アッシュが取り出した紙の包みには具沢山のサンドイッチが入っている。

 品がないと思いつつも、舌をぺろりと動かしてしまう。


「魔力が大きい人間は普通の人より腹が減る。魔法を使った日は特にな。パサパサしたパン一個じゃ足りないだろう」

「もらっちゃっていいのですか?」

「いらないなら俺がこの場で食う」

「じゃあ、半分こ!」

「悪くねぇ」


 お気に入りのパン屋のサンドイッチらしい。

 ウィンディが感想を伝えると、アッシュは得意そうに笑った。


「今度お店を紹介してやる」

「楽しみです」


 二人の談笑している姿が巡回中の衛兵に見つかった。


「おい、そこのお前、王宮の中をジロジロと見るんじゃない」

「おっと、マズいな」


 逃げていくアッシュ。

 この男とは長い付き合いになりそうだという予感がウィンディの胸を包んでいた。

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