第112話 貸切露天風呂のできあがり

 ドラゴニアの奥地にて。


「はい、エリシア、お口あ〜んしてください」

「本当に食べないといけないのですか⁉︎」

「美味しいです。味は保証します」


 グレイたちは楽しい夕食の時間を過ごしていた。


 ファーランが食べさせようとしているのはドラゴンの脳みそ。

 コクと甘い風味のようなものがあり、お肉の部分とは違った美味しさがある。


 青ざめるエリシアの横で、グレイはこれ見よがしに食らいつく。


 うん、クリーミーな食感で元気が出る。

 遠路はるばる旅してきた甲斐かいがあるというやつ。


「美味しいぞ、エリィ。ドラゴニアに伝わる伝統料理だ」

「そうですよ、エリシア。通過儀礼と思って食べるのです」

「うわぁ〜ん! 虐待ぎゃくたいなのです!」


 涙ぐむエリシアの口にファーランはさじをねじ込んだ。

 きゅうぅぅぅ〜! と謎の鳴き声を発したエリシアであるが、そこはミスリルの魔剣士、よく咀嚼そしゃくしてからゴクリと飲み下す。


「……お」

「お?」

「美味しい!」

「でしょう!」


 仲良くハイタッチする二人をグレイは父親みたいな気持ちで見守った。


 食事が終わったらお風呂。

 ドラゴニアには地熱スポットがあり、天然の温泉がたくさん湧いている。

 ちょうどいい水深の場所を探して、岩をポンポン並べたら、貸切露天風呂のできあがり。


「天然温泉が一番楽しみだったのです!」


 エリシアは王都から石けんを持参しており、これは師匠の分です、と貸してくれた。


「グレイも一緒に入浴しますか?」

「俺は見張っておいてやる。二人で先に入りなさい」

「は〜い!」


 ファーランの誘いを断ったグレイは、大きな岩に登ると、お風呂に背中を向けて腰かける。

 星空を見上げたり、虫の音色に耳を傾けながら時間を潰した。


「師匠も一緒に入りましょうよ〜! お湯が濁っていますし、これなら大丈夫だと思いますよ〜! せっかくの旅行なのですから!」


 エリシアがしつこく誘ってくるから、何が大丈夫なんだろうなと思いつつ、一緒に入浴することにした。


 水温はやや熱め。

 肌がピリッとするが、すぐ気持ち良くなる。


 グレイがリラックスしていると足がツンツンと触れてきた。

「どっちの足でしょうか」とエリシアが笑う。


「どっちだろう。難しい。なんとなくファーランの足という気がする」

「お、正解です」


 これと似た遊びを何回かやった。

 グレイがぼ〜としている間、ファーランは地元の観光スポットや珍味についてエリシアに教えている。


(ウィンディのやつ、大丈夫かな)


 王都にはネロとレベッカがいる。

 困ったことは彼らに相談したらいい、と言い残してきたが、あの二人は忙しいから会いたい時に会えるとは限らない。


 不安じゃないかな。

 孤独に負けて落ち込んでいないかな。


 目を閉じているグレイを、眠そうと勘違いしたのか、ファーランが顔面に水鉄砲を飛ばしてくる。


「ぶわっ⁉︎」

「おやおや〜。裸のエリシアが目の前にいるのに居眠りですか〜。グレイって修行僧みたいですね」

「アホか。いつ魔物が出てくるか分からないんだぞ。周囲を警戒していただけだ」

「ですって、エリシア」

「ファーランの手から水が出ました! あれは魔法ですか⁉︎」

「いや、普通の水鉄砲ですよ。こうやってお湯をすくい……」


 ファーランに仕返ししてやる。

 そう思って水鉄砲を飛ばしたら、エリシアの横顔に直撃してしまった。


「きゃっ⁉︎」

「あ、すまん。ファーランを狙ったつもりだった」

「し〜しょ〜」


 珍しく青筋を浮かべたエリシアは、覚えたばかりの水鉄砲で反撃してくる。

 そこにファーランも加わって、三人で水鉄砲を撃ち合うという、子供じみたバトルになる。


「ようやくコツが分かりました! これがエリィの最大出力水鉄砲です!」


 どんな一撃かと思いきや、エリシアの手から逆側に噴射して、自分の顔面を濡らしてしまう。


「あっはっは! エリシアが自爆している!」

「いった〜! 温水が目に入りました!」


 エリシアのドジっ子には、グレイも腹筋が壊れそうなほど笑ってしまう。


「俺は先に上がる。入浴しすぎは体に良くないから適当なところで上がるように」

「は〜い!」


 巨大な木をくり抜いた空間が今夜の寝室である。

 前回は男女で部屋を分けたが、


『師匠の横で寝たいです!』


 とエリシアが言い、


『エリシアの横で寝たいです!』


 とファーランも便乗してきた。

 なので真ん中にエリシアを寝かせて、左右をグレイとファーランが守る形となる。


(あいつら、寝相は大丈夫だろうか……いや、俺のいびきの方が心配か)


 魔物が寄ってこないよう結界だけ張り巡らせてから、敷物の上で横になった。

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