第110話 一緒に魔剣士見習いにならないか

(エリシア様の全裸を見ちゃった……)


 仕事の休憩時間、ウィンディは人気ひとけのない場所に一人座り、支給されたパンをかじっていた。


 複数のメイドがこっちを見ている。

 何やらヒソヒソ話して、またウィンディを見つめる。


 とても気まずい。

『ほら、あの子よ、エリシア様の名前を騙っていた悪党は』

『えっ〜! 全然可愛くない! 本物の方が百倍可愛い!』

 みたいな内容だろう。


 しかも神様はイジワルだから、彼女らをウィンディの方へ寄越して、あれこれ詮索せんさくさせた。


「ねぇ、あなたってウィンディっていうのよね。魔剣士の才能があるって本当?」

「へっ? 私が? いや……」


 パンを落としそうになり、慌ててキャッチする。


「才能がある……のですかね」


 ないと宣言したらグレイを裏切るような気がする。

 素質があると褒めてくれたばかりじゃないか。


「いいな〜」

「魔剣士の才能って、どんな感じなの?」

「自己流で魔法を使えたりするの?」

「魔法ってほどじゃないですが……」


 ウィンディは立ち上がり周囲をキョロキョロした。

 こっちこっちと手招きして三人を物陰まで避難させる。

 すると肩を怒らせたメイド長がやってきた。


「ローズ! サシャ! アン! どこへ行ったんだい! 私が与えた仕事をまた忘れやがって!」


 あちゃ〜の顔になる三人組。

 ウィンディも釣られて笑った。


「未来が見えるんだ⁉︎」

「時々ですが……」


 見えたところで、未来を改変できる方が稀であり、メイド三人組はキツいペナルティを科されることになるだろう。


「今日もお皿を割っちゃって。こっぴどく叱られたところです」

「大変だね、お互いに」

「一緒に頑張ろうね」

「ファイトだよ」


 思いがけぬ優しさをもらったせいで、泣き出しそうになったウィンディは、手で顔の半分をガードした。


 ずっと心細くて不安だった。

 一緒に頑張ろうねなんて言葉、久しぶりに聞いた。


「あ、はい、よろしくお願いします」


 また一人になりパンをかじる。

 同じパンなのに何倍も美味しい気がする。


 グレイはもう王宮にいない。

 エリシア、ファーランと一緒にドラゴニアへ向かった。

 千年竜の巣というのは険しい山の上にあるらしく、戻ってこられる正確な日にちは分からないそうだ。


 目を閉じる。

 全裸のエリシアを思い出してしまう。


 当たり前だが、美人だった。

 加えて猛烈に恥ずかしがっていた。


(エリシア様って実は頭がそこまで良くないのかな……あの服装で大人の姿に戻ったら、全裸になるって分かるよね……でも、天才少女って噂だし……どっちが本物のエリシア様なのだろう)


 見てはいけないものを見ちゃったという後悔がウィンディの胸をさいなむ。


 きっと民衆の想像するミスリルの魔剣士は、


『あわわわわっ⁉︎ 全裸じゃないですか⁉︎ 違うんです! 師匠! 朝っぱらからあられもない姿を見せたのは! これは私の意図じゃないですからね! 事故ですよ! 事故!』


 なんて叫んで自分の頭をポカポカ殴ったりしない。


「ふふっ……変なの」


 小さく笑ったウィンディの靴にワンバウンドした石が当たった。

 それからも石は一定間隔で飛んでくる。


 柵の向こうに男が立っている。

 こっちへ来い、とウィンディに手招きしてくる。

 頬っぺたに二本の傷がある男は、ウィンディにだけ聞こえる声のボリュームで、


「俺を覚えているか?」


 と自分を指差した。


「覚えていますよ。アッシュさんじゃないですか。どうしたのですか。グレイ様ならもう出立しましたよ」

「そっか。良かったな。ウィンディの故郷が助かりそうで。あと俺のことはアッシュでいい」


 大剣は修理に出したらしく、腰から短剣がぶら下がっている。


「もしかして、私に用ですか」

「おうよ」


 アッシュは照れ臭そうに鼻の下をこする。


「悪かったな。あんな醜態しゅうたいを晒してしまって。どうやら俺は増長していたらしい」

「いいですよ。もう済んだことですし」

「それで? ウィンディは魔剣士見習いになるのか?」

「え〜と……その……考え中といいますか……グレイ様が帰ってくるまでに答えを出すよう言われました」


 ウィンディが指先で髪をクルクルしていると、アッシュは限界まで顔を柵に近づけた。


「俺は魔剣士見習いになるつもりだ。グレイの旦那に弟子入りさせてもらおうと思っている」

「えっ⁉︎」

「だから一緒に魔剣士見習いにならないか。一人より二人の方がいいだろう」


 柵に止まった小鳥が一羽、キョトンと小首をかしげた。

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