第71話 今後ろに何を隠したのだ?

 そして翌日。

 飲み屋の二階にて。

 酸っぱいジュースをチビチビ飲むグレイとネロの姿があった。


「何やってんだ、あんたら。今日もシケタ面しやがって。魔剣士っていうのは、世間でうわさされるほど忙しくない職業なのかね。飲み屋に対する冷やかしは、他所よそでやってほしいね」


 マスターが料理の皿を叩きつけるように置く。


「ちぇ、愛想あいそね〜な、あの店主」

「言うな、ネロ。営業時間じゃないのにお邪魔している俺らが悪い」

「ふん……」


 シケタ面には理由がある。

 二人ともくじ引きを外したのだ。


(エリィとしばらく離れることになるとは……)


(いや、王都の守りも重要ではあるが……)


(エリィの声が聞けないのは残念すぎる)


 アーサー王の遺言の中に『ペンドラゴンには一名以上の魔剣士を残すべし』という言いつけがあり、アヴァロンの出現時を除いて、一千年守られ続けている。


「だからって、二名も留守番はいらないだろう。一名が守りで、四名が捜索チームでいいだろう」

「なんだ、ネロ。そんなに王都を離れたいのか? 人気者のくせに。可愛い妹を守ってやれよ」

「ちげ〜よ」


 ネロはフライドポテトを一本つまむと、グレイの口に突っ込んだ。


「グレイとエリシア嬢が離れ離れになるだろう。留守番はオイラ一人で十分って意味だよ」

「ネロ……」

「二人一緒だと嬉しいだろう。せっかく十年ぶりに会えたのだから」

「お前、良いやつだな」


 グレイもポテトを一本つまんで戦友の口に入れておいた。


「そりゃ、オイラもフェイロンを探しに行きたいよ。一緒に過ごした時間でいうと、オイラが一番だろう。あいつ、実家にあまり帰っていなかったみたいだし。フェイロンの長所も短所も、オイラが一番知っている」


 ネロは不貞腐ふてくされたように頬杖をつく。


「だから、オイラは遠慮えんりょするっていうか、フェイロンの生死を確かめる役目は、他のメンバーに譲っていいと思っている。これでも年長者だしね」

「都合の悪い時だけ、歳上を持ち出すなんて、ネロは大人なんだな」

「時々ね。ファーランも妹みたいなものだし」


 捜索チームに加わりたい、が本音のはず。

 グレイは飲み物のグラスを回して、ふと気づく。


「エリィに直談判じかだんぱんしたらいい。留守は一人にして、俺かネロの片方を捜索チームに加えてもらおう」

「説得できるかな。エリシア嬢なりの心積もりがあるだろう」

「シンプルだが、説得の材料はあるぞ」


 捜索なら頭数が多いに越したことはない。

 四人なら二人と二人に分かれるという選択肢が増える。


「いいね、その案。グレイとエリシア嬢でデートじゃん」

「バカいえ」

「でも、フェイロンが見つかる可能性は確実に上がる」

「一理あるだろう。正論のゴリ押しだが」


 料理が冷めないうちに完食した。

 テーブルに代金を置いた二人は、マスターに礼を述べてから店を飛び出す。


「善は急げっていうしな」


 二人は少年みたいに走って、白亜はくあの門を目指した。


「競争だ!」

「おい、全力疾走したら吐くぞ!」


 途中、元老院の建物があったので、屋根の上を走ってショートカットさせてもらった。


 ……。

 …………。


 王宮に戻ってきたグレイは、エリシアを説得すべく、執務室のドアをノックした。


「入るぞ、エリィ」


 エリシアは部屋の隅っこにいた。


「ひゃっ⁉︎」


 小さくジャンプすると、慌てて向き直る。


「すみません、びっくりしました。誰かと思えば師匠でしたか」

「いや、俺の方こそ失礼した。エリィと二人で相談したいことがあってな」

「ええ……相談ですか……私に……はい……何でしょう……何でしょう」


 エリシアの様子がおかしい。

 部屋のコーナーに背中を押しつけたまま一歩も動かない。


「中央のテーブルか、バルコニーの席で話さないか?」

「いえ、私は立ったままで大丈夫ですよ」

「しかし、だな……」

「平気ですから、本当に」


 エリシアの顔には冷や汗が浮いており、とても大丈夫そうには見えない。

 かといって、腹痛に襲われている感じでもなさそう。


「座って話した方がいいだろう。エリィを立たせるなんて申し訳ない。師弟である以上に、エリィはミスリルの魔剣士であり、俺はその補佐役なのだから」

「そ……そうですかね……」


 グレイが右から近づくと、エリシアは左に。

 グレイが左から近づくと、エリシアは右に体を回すから、背中を見られたら負けの遊びみたいになる。


「今後ろに何を隠したのだ?」

「あははははは……」


 聞かなくても分かる。

 さやに収まった魔剣アポカリプスが体からはみ出している。


『なぜ後ろに隠したのだ?』

 知りたいのはその一点。


「エリィの魔剣に不具合でも生じたのか?」

「いえ、ちょっと汚れていたので、布でこうとしたのです」

「怪しい……本当なのか?」

「嘘じゃないですよ」

「なら、見せてみろ」

「え〜と……ん〜と……」


 グレイが顔を近づけると、エリシアは笑顔を引きつらせたまま、きゅ〜〜〜と鳴き声をあげた。


(昔から変わらないな……)


(エリィは嘘をつく時、意味もなく天井をチラ見するクセがある)


 一つの可能性に思い当たったグレイは、か細い手首をつかまえた。


「エリィ、まさか、魔剣アポカリプスの声が聞こえなくなったのか?」

「ッ……⁉︎」


 カチャン!

 手から抜けた愛剣の落下音が、何よりも雄弁ゆうべんな答えだった。


 これほど不吉な図星ずぼしもない。

『魔剣の声が聞こえなくなった』をストレートに解釈すると、魔剣と使い手の間に、何らかのトラブルが生じている証拠であり……。


「ししょ〜! ど〜しましょ〜!」


 エリシアは幼女に戻ったみたいに泣きついてきた。


「よしよし……とりあえず、落ち着こうか」


 この状態をメイドに見つかったらマズいと思い、全身全霊で弟子をなぐさめておいた。

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