第70話 捜索チームと、留守チームと

 その日の夜。

 珍しい人物がグレイの部屋をノックした。


「誰かと思えば、レベッカか」

「さっきエリシアを寝かしつけてきた」

「いいのか、こんな夜遅くまで。家で子供が待っているだろう」

「とっくに寝ている時間だよ」


 二人はバルコニーまで移動して、美しい夜景を見つめた。


「フェイロンが呼んでいるって話、どう思う?」


 沈黙を破ったのはレベッカ。


「正直なところ、半信半疑だな。フェイロンが生きているのか死んでいるのか、俺にはまったく分からない」


 グレイは本音で返す。


「魔剣士が三年も行方不明なんだ。生存していたケースは、片手で数えられるくらいしかない」

「でも、グレイは生きていた。十年ぶりに復帰した」

「まあ……そうだな」

「そう考えると、たった三年でしょう。諦めるには早いだろう」


 たった三年か、とグレイは月に向かって復唱する。


「だがよ、レベッカ、あまり言いたくないが、もしフェイロンが死んでいた場合、ファーランは二回兄を失うことになる。それは二倍辛いことだ」

「分かっているよ。私も。そのくらい」


 手すりを握るレベッカの手が震えた。


「人間は立ち止まると辛くなる。だから俺は前へ進んだ。エリィを守るため。人々を救うため。そう自分に言い聞かせて、戦いに身を投じてきた。故郷も家族も失ってしまった俺には、エリィと魔剣しか残されていなかった」


 グレイが敵に背中を見せなかった理由。

 戦いをめると辛くなるから。


 加えてもう一個。

 エリシアの前では格好いい師匠を貫きたかった。

 約束したから、エリシアの母と。


「フェイロンが昔に言っていたセリフで、どうしても理解できないものがある」


『サファイアの魔剣士の地位を、妹には継がせたくないんだ』

『単なる兄貴の我がままさ』


 フェイロンは妹の才能に気づいていた。

 魔剣士として活躍できるポテンシャルがあると、ファーランの将来性に太鼓判たいこばんを押していた。


「俺はフェイロンと真逆だった。エリィが魔剣士になると信じていた。俺より才能があったから。魔剣士になってほしいと心の底から願っていた」

「でも、フェイロンは違ったわけかい?」

「そうだ。納得できなかった」


 師匠にとって一番の喜び。

 自分より優秀な弟子とめぐり会い育てること。

 グレイはある意味、誰よりも幸せな魔剣士だろう。


「魔剣士であることは、俺たちの誇りだ。人々から必要とされ、史実に名前を残せる。その結末が敗死だったとしても、無駄な死なんかじゃない。散っていった者の遺志は仲間が継いでいく。この一千年、くさりのように途切れなかった。歴史の一部になれたことを、俺は誇りに思っている」


 フェイロンも一緒のはず。

 魔剣士の称号にプライドを持っていた。


「兄貴のような存在だった。俺やネロにとって。フェイロンから多くのことを教わった。だからこそ……」


 エリシアが魔剣士になることを願ったグレイ。

 ファーランが魔剣士になることを願わなかったフェイロン。

 この差は何なのか、気になって仕方ない。


「エリシアが魔剣士になって良かったと、今でも思うかい?」

「当然だ。エリィは自慢の弟子だ。二人で一緒に魔剣士になることは、昔からのエリィの夢だった」

「グレイは強いね」

「そうか?」

「娘や息子が魔剣士になりたいと言い出したら、私は……」


 レベッカの目が伏せられる。


「親として嬉しくないのか? 俺が魔剣士を目指すといった日、両親は応援してくれた。レベッカの親も一緒だろう」

「そうだね。それが普通の反応だね」


 話題をフェイロンに戻す。


「あいつが生きていた場合、ファーランに一声かけてやってほしい。お前は自慢の妹だ。その一言でファーランの努力や苦労は、すべて報われるはずだ」

「同感だよ。魔剣士になったファーランの姿を一度見せてやりたいよ」

「俺はフェイロンが生きていると信じたい。エリシアやレベッカが俺の生存を願ってくれたように」

「なんか、照れるね。でもグレイの国葬の時、エリシアの次に心を痛めていたのはネロだよ」

「まさか、ネロが……」

「グレイの国葬と、フェイロンの国葬。ネロが涙を見せたのは、この二回かな」

「そうか。あいつほど仲間の死に触れてきた魔剣士は珍しいからな」


 今現在、魔剣士の平均年齢は、二十六か二十七のはず。


 十七で魔剣士となり、二十年も戦い続けてきたネロは、救ってきた命の数がずば抜けている。

 もちろん、救おうとして救えなかった命の数も。


「あまり考えたくないが……もしフェイロンが片腕と片脚を失うレベルの大怪我を負っていた場合……可能性としては七大厄災パガヌスにやられたと考えるのが妥当だとうだろう」

「グレイの故郷を滅ぼしたっていう、あの七大厄災パガヌスかい」

「俺たちが倒すべき宿敵だ」


 手のひらに爪が食い込んだ。


復讐ふくしゅうの気持ちを捨てられるほど、俺は人間ができていない。七大厄災パガヌスがフェイロンを倒したというのなら、俺がフェイロンのかたきを討つ」

「…………そうかい」


 レベッカが夜景に背を向ける。


「まだ確定じゃないが、捜索チームと留守チームは、くじ引きで決めることになりそうだ。当然、ファーランは捜索チームに含まれる」

「じゃあ、俺も捜索チームに加われるよう祈っておかないとな」

「私もゆずる気はないよ。魔剣イフリートのためにもね」


 レベッカが去り、一人になったグレイは、そっと隣室のドアを開けた。

 寝台のところでエリシアがくぅ〜くぅ〜寝息を立てている。


 最強の魔剣士とは思えない。

 温室で育てられた、どこかのお姫様の方がしっくりくる。


 寝返りを打ったエリシアの口から独り言がこぼれる。


「私たちで……フェイロンを……必ず見つけましょう」


 グレイは小さく笑った。


 エリシアの手の中……光る物がある。

 昔にフェイロンからもらったコハクの宝石。

『グエネフェ同盟』と大喜びしていた。


「そうだな。戦友の俺が探してやらないとな。俺たちは魔剣士だから」


 愛くるしい寝顔を目に焼きつけてから、自分の部屋へ引き返しておいた。

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