第69話 エリシアだけの特殊スキル

 ぷ〜ん、と甘い香りが部屋に入ってきた。

 メイドがキャスター付きワゴンで運んできたのは、鮮やかなフルーツを盛ったホールケーキだった。


「おっ!」

「これは⁉︎」

美味うまそう!」


 グレイ、ファーラン、ネロの目がくぎづけになる。


「このケーキ、さっき完成した手作りなのですよ」


 頬っぺたの横で手を合わせたエリシアは、ケーキをテーブルの中央へ移動させた。


「まさか、エリシアが?」

「私以外にもう一人」


 ポンとレベッカの肩を叩く。


「ファーランが帰還する日ですから。一緒にケーキを食べると、特別な感じがするでしょう」

「いやいやいや⁉︎ 本日帰還する予定でしたが、こういうのは予定通りに帰還できないことが往々にしてあるわけで⁉︎」

「でも、ファーランは予定通りに帰ってきました」

「それは……まあ……そうですが」

「もし帰還が遅れたら、このケーキは練習ということにして、別の日に本番のケーキを焼きますよ」


 優しい。

 家族のような心遣い。

 恐縮しまくりのファーランだが、ケーキのサプライズには勝てないらしく、頬っぺたを赤くしている。


「まさか、レベッカまで協力してくれるとは……」

「私はお菓子作りが苦手でね。すると、果物を切るくらいならできるでしょう、とエリシアが私の手を厨房ちゅうぼうまで引っ張っていったんだ」


 ネロがフルーツを一切れつまむ。


「大きさがバラバラだ。レベッカって果物を切るより魔物を斬る方が得意だよな」

「うるさいよ、ネロ」


 ファーランがぷっと笑った。


「ありがとう、エリシア、レベッカ」

「ケーキのレシピはレベッカの旦那さんに教えてもらいました。指示通りに焼いたので、普通に美味おいしいはずです」


 メイドが並べた皿にグレイの分も取り分けてもらう。


(あのエリィが自分でケーキを焼くなんて……)


(弟子の成長は何歳になっても嬉しいものだな)


 保護者のようなことを考えつつ一口食べる。


「どうですか、師匠?」

「ああ、美味しい、とても。初めて食べたケーキの味を思い出す。俺は十二歳くらいまでケーキなんて口にしたことがなかった」

「喜んでもらえて何よりです。私に言ってくれたら、いつでも焼きますから」


 エリシアの笑顔が近くなる。

 グレイの胸が甘くなったのは、ケーキに含まれる糖分のせいじゃない。


 さらに一口食べようとした時、フォークの先端にカチンと何かが当たった。

 取り出してみると、四つ葉のクローバーをかたどった金属だった。


「これは……」

「あっ! 師匠のケーキ、当たりです!」

「当たり?」

「ケーキの中に一個だけ入っているのです! それは幸運のお守りです!」


 くじ引きのような趣向しゅこうらしい。


「レベッカの旦那さんに教えてもらいました。デザートの中に一個だけ当たりを用意するサービスを、レストランで提供することがあるそうです。お客さんから好評らしいです」

「ほう……」


 ファーランと目が合った。

 物欲しそうな顔を向けられる。


「この四つ葉、ファーランが持っておいた方が良くないか。誰よりも運気が必要なのは、ファーランなのだから」

「師匠のおっしゃる通りです」


 四つ葉をファーランの手に置いた。


「気を遣わせたみたいで申し訳ないです。でも素直に嬉しいです」

「仲間なんだ。遠慮するな」

「ありがとう、グレイ」


 ファーランがこの日一番の笑顔になる。


「ケーキには人を幸せにする力があるのです。私もそんな人間になりたいです」


 エリシアは仲の良い姉妹みたいにファーランの肩をんだ。


 ……。

 …………。


 ケーキを完食したグレイは口元をぬぐった。


「フェイロンを探しに行く計画、前々から考えていたのか? まさか、久しぶりにファーランの顔を見て、その場で閃いたわけじゃないだろう?」


 わざわざ質問したのは、エリシアなりの動機があると思ったからだ。


「そうですね……キッカケについて話す前に……」


 エリシアは魔剣アポカリプスを持ち上げる。


「ファーランには教えていませんでしたが、私は時々、魔剣の声を聞くことがあります。魔剣アポカリプスの恩恵だと思います。この子の声だけでなく、他の子の声も聞こえたりします」

「魔剣の声を……ですか」

「ファーランだって、魔剣コクリュウソウの意志を感じる瞬間があるでしょう。さらに一歩進んだ状態をイメージしてください」


 伝承によると……。

 三代目ミスリルの魔剣士エリシアも魔剣の声を聞いたそうだ。

『魔剣に向かって話しかけていた』というエピソードが伝わっているから、会話が成立していたのかもしれない。


「レベッカ、あなたの相棒を貸してくれませんか」

「どうぞ。最近は冬眠中かってくらい大人しい子だよ」


 レベッカが双剣をテーブルに置く。


 魔剣イフリート。

 獄炎のような紋様もんようが刃をおおっている。


 エリシアは手をかざすと、しばらく目を閉じた後、声を出さずに笑う。


「最近この子が元気ないのは、レベッカが強敵とバトルしていないから。活躍の場がなくて、飽き飽きしているような状態です。魔剣イフリートは刺激に飢えていますね」


 レベッカが困ったように首を振る横で、びっくりしたファーランが机を叩く。


「本当に魔剣の声が聞こえるのですか⁉︎」

「断片的にです。ちゃんと聞こえることの方がまれです。ですが、魔剣には一個一個性格があり、実際に生きていると、私は強く実感しています。おしゃべりが成立する域に達していないので、先代ミスリルの魔剣士ほどじゃありませんが」


 この場に魔剣コクリュウソウはない。

 大きすぎるから専用の台座に置いてある。


「今日、魔剣コクリュウソウを見て確信しました。フェイロンはあなたを呼んでいます。地上のどこかでファーランを待っています。ふたたび兄妹が出会うため……フェイロンの願いに応えるため……魔剣コクリュウソウはファーランを次の使い手に選んだのです」

「そんなことって……本当に……」

「あの魔剣はフェイロンの相棒でした。兄に代わってファーランを守りたかったのでしょう。一つ言えることは、あなたは魔剣から愛されています。身内のように。とても深いきずなで結ばれています」

「エリシア……」

「といっても、魔剣は寡黙かもくなので、考えていることの百分の一しか分かりませんよね」


 魔剣がフェイロンに代わって妹を守っている。


 優しさに触れたファーランの目から真珠のような涙が一つ落ちた。

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