第187話 これが実力主義っていうやつ

 まずオリーブが案内してくれたのは仕事場だった。

 一号棟、二号棟、三号棟と分かれており、ウィンディたちは一号棟で働くことになる。


 一つの棟で二百人くらいが作業している。

 どの子も集中しており、美しい景色に思えてしまう。


「清掃は子供たちが行います。それがジューロンの規則です」


 見張り役の老人もおり、こっちは退屈そうに本を読んでいた。


「以前に勤めていたファクトリーは、ここより殺伐さつばつとしていた気がします」

「でしょうね。子供なら誰でも受け入れる訳ではありません。協調性、真面目さ、お金を稼ぐ意思、そういったものを評価します。もちろん魔石を作る才能も。あなた方二人をジューロンが受け入れたのも、以前のファクトリーにおける成績が良かったからです」


 エリートの集まりと主張したいらしい。


 ジューロンは数多くの魔剣士を輩出してきた地であり、中にはファクトリーの出身者もいる。

 そう説明してくれたオリーブは少し鼻が高そうだ。


「魔剣士が直々に視察へくることもあります。運が良ければ弟子入りの誘いがあるのです」


 男の子と目が合った。

 マーリンより少し歳下で、灰色の髪をしている。

 男の子はウィンディに向かって小さく手を振ってきた。


「コルト、就業時間ですよ。目の前の作業に集中するように」

「はい、オリーブさん」


 男の子の横にいる女の子が「ダメじゃない」と相方をたしなめている。

 微笑ましいシーンであり、マーリンも食い入るように見つめている。


「私より幼い子がたくさんいるのですね」

「ピサロのファクトリーは平均年齢が高かったようですね。ジューロンでは積極的に若い才能を受け入れることで、ファクトリー全体の活力を保っています」


 一年おきに査定がおこなわれ、成績が悪いとクビにされるシステムだ。

 解雇のラインは一律というわけじゃなく、年齢が上がるほどハードルは高くなる。


 その代わり給金は他のファクトリーより多く出してくれる。

 出身地や性別で差別されることもない。


 だから才能ある子はジューロンに集まってくる。

 もしジューロンをクビになったとしても『以前にジューロンで働いていた』と証明できれば他所よそのファクトリーで簡単に雇ってもらえる。


 次に案内されたのは寮だった。


 基本、四人で一部屋を使う。

 一定の年齢になると男子と女子は分けられるが、幼い子はその限りじゃない。


 とある部屋にウィンディとマーリンの荷物が運び込まれていた。

 二段ベッドが二つある部屋で、今夜からここに寝泊まりするのである。


「部屋の掃除も子供たちがやります。共有スペースは当番制です。掃除を忘れたらペナルティがあるので気をつけてください」


 次に連れていかれたのは食堂。

 棟ごとにローテーションで利用するシステムになっている。

 炊事係として働いているのは地元のおばちゃん達だった。


「食事をファクトリーの外で済ませてもいいですが、無料で利用できますので、食堂を利用することをお勧めします」

「ファクトリーの外へ行きたい時って、どうすればいいのですか?」

「夜間は守衛がいるので声をかけてください。それ以外は自由です。ただし、外泊する場合は許可を取り付けてください」


 持ち物のチェックは厳しくない。

 子供というより一人の労働者として扱われている。


「オリーブさんって……」

「どうしました?」

「子供が相手でも丁寧に接するのですね」


 平凡な質問をしたつもりが、意外そうな顔を見せられた。


「身内のようなものですから。私も昔はこのファクトリーで働いていました。数年前に現場を離れて、今は運営の仕事に携わっています」

「元々あの席に座っていたのですね」

「私だけじゃありません。ボルドー様も元々働いていました」


 これは驚きだった。

 ボルドーは領主なのである。


「ボルドー様は養子なのです。先代様に子供がおらず、才能あふれるボルドー様に跡を継がせたのです。ジューロンの領主としては珍しいことではありません」

「へぇ〜」


 血筋よりも才能を重視する土地柄のようだ。

 街が発展しているのも納得である。


「生活には徐々に慣れればいいでしょう。お二人が実力を示しさえすれば、周りの子たちはすぐ認めてくれます」

「一号棟、二号棟、三号棟というのは何かのルールに基づいて分けているのでしょうか」

「実力の順です」


 一号棟が稼ぎ頭で、三号棟がリストラ予備軍というわけだ。

 同じ一号棟の中でもスペースが三つに分かれており、こちらも実力で席が決まる。


(これが実力主義っていうやつか……)


 一号棟に戻ってきた。

 さっきと同じ空間のはずなのに、前回よりも広く感じられた。

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