第186話 いざ、ジューロンのファクトリーへ
前夜はみっちり勉強した。
ファクトリーにおける一日のスケジュールとか、共同生活を営む上でのルールとか、細かい差はあるだろうが、どのファクトリーも似たり寄ったりなのである。
「おい、ウィンディ、寝落ちしてんじゃねぇ」
アッシュに小突かれてしまう。
「だって暗記が苦手なんだもん」
勉強した経験といえば、簡単な文字の読み書きと、二桁までの計算くらいで、隠すことじゃないがウィンディはアホの子なのである。
周りが全員天才に見えちゃうくらいには。
「そうですよ、ウィンディ。ちゃんと覚えないとエリシア様やグレイ様に迷惑がかかるのです」
「マーリンはいいな〜。勉強が嫌いじゃないもんね〜」
「はい、覚えることは楽しいのです」
「うっ……」
眩しい笑顔を向けられて辛さも二倍になる。
(マーリンって典型的な良い子ちゃんなのよね……)
この世には親近感のある良い子ちゃんと、親近感のない良い子ちゃんがいるが、マーリンは前者だと思う。
ウィンディのことを褒めてくれるから勝手に好きになってしまう。
「仕方ない。温かい飲み物でも
アッシュは自分の部屋へ戻っていった。
ここはウィンディとマーリンが泊まる部屋で、アッシュの部屋は隣にある。
「お互いに問題を出し合うのがいいとエリシア様がおっしゃっていました」
「そうなんだ。じゃあ、マーリンから私に何か問題を出してよ」
「分かりました。では第一問。私たちが以前に働いていたという設定のファクトリーはどの街にありましたか?」
「それは覚えているよ。え〜とね……」
穏やかな夜は更けていく。
……。
…………。
そして当日。
ウィンディの前には眼鏡をつけた知的な感じの女性が座っていた。
彼女が面接官である。
ここで働いているスタッフで、年頃は二十五くらいだろうか。
茶色い髪をポニーテールに束ねており、有能な秘書のオーラが出ている。
名をオリーブという。
引きつった笑みを浮かべるウィンディに対して冷たい眼光を向けてくる。
不良品が混じっていないかチェックする検査官の目つきといえよう。
「以前はどちらのファクトリーで働いていましたか?」
書類に書いてあることをわざわざ質問してくるのは一種の嫌がらせだろうか。
(もしかして私、すでに怪しまれているのかな?)
不安になったウィンディは意味もなく指をこすった。
「ピサロという街のファクトリーで働いていました。オーナーが高齢で、建物も限界がきているとかで、急に閉鎖になってしまって、紹介状をもらいジューロンまで旅してきた次第です」
「ピサロからジューロンまで、さぞ遠かったでしょう。道中、トラブルは起こりませんでしたか?」
「え〜と……」
頼りない先輩に助け舟を出してくれたのはマーリンだった。
「途中、船の旅があったので楽しかったです。あんなに大きな船は生まれて初めて乗りました。出会った人も親切で、特にトラブルはありませんでした」
「船酔いは苦しくなかったですか?」
「いえ、まったく。気候が穏やかで、川の流れも安定していましたので。無事に目的地へ着けるよう、一日三回王都におられるエリシア様に祈りを捧げていました」
「ふむ……ミスリルの魔剣士様に」
いきなりエリシア愛を語るからドキッとしてしまう。
「ちなみに二人はどういった関係でしょうか?」
「遠い親戚です」
これはウィンディが答えた。
「親戚の割にはまったく似ていませんね」
「まあ……本当に遠いので。目の色も全然違いますし」
「いいでしょう」
眼鏡の位置を直した面接官は、一転、にっこり笑いかけてくる。
「ようこそ、ジューロンのファクトリーへ。お二人を歓迎します。長い付き合いになることを期待しています」
面接をパスしたと分かり、
「あなたの首飾り、
「よく分かりましたね」
師匠にもらったのです! と答えそうになり、ウィンディはとっさに壁の方を向いた。
「えっと……これは……親戚のおじさんが王都で買ってきてくれて……いい値段がしたので、たぶん
「あなたの腕輪も?」
これはマーリンに対する質問である。
「はい、エリシア様からいただきました」
「エリシア様?」
マーリンのバカ! とウィンディは内心で悲鳴を上げる。
「あの……その……私の面倒を見てくれるお姉様がエリシア様でして、いつも本当に優しくしてくれて」
「姉のような存在というわけですね。でしたら応援してくれる身内のためにも、しっかり働いて稼ぎましょうね」
何とか誤魔化せたらしい。
まさか目の前にいるのがミスリルの魔剣士の弟子とはオリーブも思わないだろう。
「では施設を案内しましょうか。作業スペースを割り当てますので、さっそく今日から働いてください」
緊張して入ってきた面接室を笑顔で抜けられた。
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