第185話 夫を愛する妻の想いが……

 目的地であるジューロンは、中心地に巨大なご神木のある、長い歴史を持つ街だった。


 ご神木は一千年前にアーサー王が植えたものらしい。

 以後、凶悪な魔物が近づきにくくなり、人々が集まってジューロンの街を発展させた。

 別名、王の寵愛ちょうあいを受けた地という。


 道がゴチャゴチャしているという印象を受けた。

 ジューロンくらいの規模の街なら、災害が起こった時に人々が雑踏事故を起こさないよう、メインストリートを広めに設計したりするものだ。

 細い道や曲がりくねった道が多く、人口の規模に対して道幅も狭い。


(魔物に襲われにくいから防災意識が低いのかな)


 ウィンディの生まれた田舎でも簡易な防壁くらいあったが、ジューロンにはその影すらない。


 シンボルのご神木までやってきた。

 柵で囲われており木に触れることはできないが、葉っぱを拾うことはできた。


「普通の大木に見えるけれども、魔物の嫌いな成分でも出ているのかな」

「一説によると木の根元にアーサー王の遺物が埋められているらしい。葉っぱをお守り代わりに持ち帰る人もいるが、魔除けの効果があったという報告は聞かないな」

「なるほど。ご神木はハリボテって可能性もあるのか」

「信じるものがその人にとって真実だろう」


 アッシュの説明をマーリンは真剣に聞いている。


 ウィンディもお土産として葉っぱを持って帰ろうと思う。

 新鮮なやつがいいから最終日に葉っぱを選ぼう。


 潜入予定のファクトリーはご神木から見える位置にあった。

 灰色の屋根をした石造りの巨大な建物だ。


 働き始めるのは明日から。

 今日は位置だけ確認しておく。


「分かっていると思うが、今夜は宿で予習だからな」

「はいはい、承知していますよ」


 元々別のファクトリーで働いており、そっちが閉鎖になったから移籍してきた、という設定でウィンディとマーリンは受け入れてもらう。

 基本的なルールについて暗記しておく必要があるのだ。


「まあ、ボロが出たところで不都合があるわけでもないがな。今回の出張だってウィンディとマーリンに旅させるのが目的だろう」

「絶対に不正を暴いてやるもん。ねぇ、マーリン」

「はいなのです」

「くれぐれも揉め事は起こすなよ。エリシア様やグレイの旦那に迷惑がかかる」


 予定だと一週間くらい働いて、それから抜き打ちの視察であることを打ち明けて、ジューロンを離れることになっている。

 その間、アッシュは一人で小さな任務をこなす。


「ここがファクトリーだな。明日から彼らと一緒に暮らす」


 建物は金属の高い柵で囲まれていた。

 入口が全開になっており見張りの姿もないから、自由に出入りできそうだ。


 今は昼休みだから外で遊んでいる子の姿が目立つ。

 中には木の下で読書している子もいる。


「こりゃ、健全なファクトリーだな」

「どうして分かるの?」

「子供の顔色がいい。ちゃんと食事と休息を与えている証拠だろう。建物は年季が入っているが、きちんとメンテナンスされている。問題のあるファクトリーっていうのは毒々しいオーラが出ているものなんだよ。大体は資金繰りの悪化が原因だな」

「う〜ん……」


 物知りのアッシュの横でウィンディは腕組みする。


「そもそもジューロンのファクトリーは歴史が長いんだ。問題だらけなら昔に潰れているよ。長続きしているものは何かしら良い理由があるんだよ」


 釈然しゃくぜんとしない気持ちを抱えたままファクトリーを後にした。


 宿に向かう途中、ご神木のある広場を通った。

 人が群がっていたので何事かと思いきや、吟遊ぎんゆう詩人しじんの男がいた。


 男は竪琴たてごとを演奏している。

 暑い季節じゃないのに上半身は裸で、だぼっとした白ズボンをはいており、頭には植物をイメージした金属の輪っかをつけている。


 肌は白く、目の色素は薄く、ウェーブした髪も灰色だから、どことなく人間離れしたオーラが出ている。

 時代が時代なら聖人と呼ばれたかもしれない。


「今どき吟遊詩人なんて珍しいな。見た感じ聖教会の関係者って感じでもなさそうだが……」


 美声に誘われるように寄ってみた。

 偶然だろうが男はマーリンを見てニコリと笑ったような気がした。


 語り弾きが終わる。

 割れんばかりの拍手に続いて雨のような銭が舞った。

 マーリンも投げ銭したいらしく、三人分の小銭を託しておいた。


「素晴らしい演奏だったのです!」

「ありがとう、お嬢さん。アーサー王の伝説は好きかい?」

「あまり詳しくないので、これから勉強しようと思います」

「見たところ地元の子じゃないね。ジューロンはいい。アーサー王にゆかりがあるし、あの魔剣エクスカリバーが誕生した地とされている」


 マーリンはぺこりと一礼してから戻ってくる。


「ねぇ、アッシュ。魔剣が誕生したってどういうこと?」

「え〜と……そうだな……魔剣も元は人間だったって説、聞いたことあるか?」

「魔剣は意思を持っているってやつ?」

「それに近い」


 あくまで俗説の一つであり、信じる人は少ないが……。

 魔剣には過去に生きていた人間の魂が宿っているとする説だ。


「アーサー王の何番目の妻か忘れたが、ジューロンの地で生まれたアデレイドという女がいる。死期を悟ったアデレイドは、己の魂を武器に変えたという伝承がある」

「それって……」

「夫を愛する妻の想いが魔剣エクスカリバーになった」


 ウィンディが視線を戻すと、吟遊詩人の男は風のように消えていた。

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