第65話 この世で一番でっかい魔剣

 剣と呼ぶには、あまりに長大で……。

 槍と呼ぶには、あまりに重厚だった。


 フォーミュラ暦一〇二七年。

 グレイが二十六歳、エリシアが七歳の時。


「あわわわわっ⁉︎ 師匠! あの岩石、モゾって動きました! 岩石なのに動き出しました!」

「あれは岩石じゃない。大型の魔物なのだ」

「バ……バ……バケモノ〜!」


 バタバタするエリシアの体を岩と岩の隙間に隠した。

 うっかり被弾しないよう、何重にも防護結界シールドほどこしておく。


 ここは荒野だ。

 障害物があちこちに点在しており、魔剣士が戦いにくいフィールドだろう。


「絶対に出てくるな。危ないから。俺たちがどうやって強敵を狩るのか、よく観察しておけ」

「あ〜ん! 早く帰ってきてください! エリィを置き去りにしないでください!」

「分かった。約束する」


 グレイが魔剣グラムを解放すると、ぼうっと黒炎が立ちのぼる。


「いいのか、グレイ。おチビちゃんを一人にして。おしっこらしそうな顔をしているぞ」


 軽口を叩いたのはオニキスの魔剣士ネロ。


「大丈夫だ。エリィはああ見えて、やる時はやるやつだ」

「ふ〜ん、師弟愛じゃん」


 ネロも魔剣エルドリッチを解放させる。

 血がこぼれるシーンは、見ているこっちまで痛い。


「やるか……」


 岩石に似たモンスターは臨戦モードに入ると、赤い目でグレイたちをロックオンした。


(怯えるエリィのためにも、短期決戦で終わらせたいが……)


 岩獣がんじゅうアーミタイル。

 形はアルマジロに似ているが、特筆すべきは体格の大きさ。

 三階建ての屋敷なんかより一回りデカい。

 そして表皮が鉱石のように硬い。


 村の一個くらいなら平気で半壊させるだろう。

 グレイたちが仕留め損ねたら、という条件が付くが。


 アーミタイルは体をボール状に丸めた。

 地面にでっかいわだちを残しながら突進してくる。


「来るぞ。気をつけろよ、グレイ」

「お前もな。ほぼ不死身だからって油断するなよ」


 攻防一体。

 スピン中のアーミタイルは、魔剣ですら弾き返すほどの防御力を持っている。


 グレイは横に走った。

 敵をエリシアから遠ざけるためだ。


 こちらの狙い通り、アーミタイルはグレイを追尾してくるから、戦いやすい場所へと誘導できる。


 地面を隆起させて宙高くへジャンプする。

 アーミタイルの殺人タックルを間一髪で回避した。


(こいつを倒すには、回転を止める必要がある)


(問題はその手段だが……)


 魔法の槍を雨のように降らせる。

 期待したわけじゃないが、槍はあっさり弾かれて、岩獣のボディに傷一つ残せない。


 ネロの流星弾コズミックが飛んできて、三発、五発、十発と命中した。

 しかし、アーミタイルは雷撃にも強いから、まともにダメージを残せない。


 ならばと魔剣グラムで斬りつける。

 一瞬だけ相手をぐらつかせるも、より大きな力で押し返される。


「三人で連携して仕留めよう。隙がないなら作ればいい」


 後ろから声がかかる。


「グレイとネロで足止めしてほしい。トドメの一撃は俺に任せてくれ」


 男はゆったりした道士どうし服を着ている。

 腰には帯を巻いており、背中には白黒の太極図たいきょくず刺繍ししゅうされている。


 注目すべき点が二つ。


 魔剣である。

 グレイの大剣が子供に思えるほど巨大なのだ。


 魔剣コクリュウソウ。

 この世に存在する魔剣の中で、長さも重さも最大とされている。


 剣と呼ぶには長大で、槍と呼ぶには重厚な武器を、道士服の男は片手で軽々と持ち上げる。


 そして騎乗きじょう

 魔剣士にしては珍しく、生き物にまたがったまま戦うのだ。


 当然、魔剣の重さを支えられるパートナーが求められる。


 龍騎りゅうき、別名キリン。

 形は馬に似ており、全身がうろこでおおわれ、角が一本あり、金色の光をまき散らす。

 神話に出てきそうな動物を、その男は使役しえきしていた。


「本当に成功するのかよ、フェイロン」


 ネロが男に問いかける。


「もちろんだ。あの岩獣を一撃で仕留めてやろう。この世に絶対はないというが、俺の中では絶対なのだ」


 どうする? とネロが視線で問うてくる。


「任せるしかないだろう」


 今までフェイロンの作戦が失敗したことは一度もない。


 アーミタイルが天に向かってえた。

 ふたたび体を丸めて、グレイの方へ突進してくる。


「オイラが合図を送る。失敗するなよ」

「ネロの方こそ」


 二人はサッと左右に散開する。

 ボール状の岩獣が通り抜けるタイミングで、それぞれの魔法を左右から叩き込む。


 裁きの十字グラン・クロス

 雷公鞭サンダー・ボルト


 ドンピシャ!

 一瞬だけ気絶したみたいにアーミタイルの巨体がフラついた。


「息がぴったりだな。さすがグレイとネロだ」


 大トリを飾るフィニッシャーはこの魔剣士。


べ! セキト!」


 フェイロンが騎乗の腹を蹴った。

 一体となった人と龍騎は翼の生えたドラゴンのように宙を駆け抜ける。


「人と龍騎が心を一つにした時、俺たちの一族はもっとも力を発揮する!」


 切っ先にすべてのエネルギーが集中。

 魔剣コクリュウソウの巨刃きょじんが、動けないアーミタイルの背中に食らいつく。


 一気通貫メテオ・ストライク


 インパクトの瞬間、大気が震えた。

 岩獣のボディに血管みたいな亀裂きれつが入り、ガラスの砕けるような音を奏でた。


 たった一撃。

 あらゆる魔剣の中で、もっとも重い一撃である。


 四分五裂しぶんごれつしたアーミタイルの体は、おびただしい血と瘴気しょうきをまき散らして、肉の破片と化していく。


「今回も完ぺきなコンビネーションだったな」


 勝利の立役者が拳をあげる。


「そのセリフって愛馬に言ってんの? オイラたちに言ってんの?」

「グレイとネロに決まっているだろう」

「だってさ」


 いつもド派手に決めるのが、サファイアの魔剣士フェイロンの戦い方だった。

 強さと知性とリーダーシップを兼ね備えており、狂戦士のネロもフェイロンには一目置いていた。


「やった〜! ししょ〜が勝った〜!」


 遠くからエリシアの喜ぶ声がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る