第66話 幼女エリシアの魔剣士ごっこ

「このお馬さん、おっきい! 角がある! 全身ピカピカ! 師匠の次くらいに格好いい!」


 龍騎に乗せてもらったエリシアは、すこぶる機嫌が良かった。


「グレイ、ネロ、今夜はどのお店で食べようか?」


 目抜き通りには多数のレストランが並んでいる。

 龍騎を連れた魔剣士たちは、通行人たちの注目の的だった。


「エリシア嬢に決めてもらうか。オイラたちの女神だしな」

「だったら、エリィ、あそこがいい! あのお店の一番上の階!」


 エリシアが指差したのは、街で一番高そうなレストラン。


「おお、エリシア嬢、お目が高い。プリンセスだな」

「えっへん!」


 グレイは困った顔をした。

 エリシアは一度決めるとテコでも動かない。


「まあ、いいじゃないか、グレイ。今日は大物を倒したのだから。ぱっと祝おう」

「でもなぁ……美食がエリィのクセになるとな……」

「子供にとって一番の楽しみは飯だろう」


 フェイロンに説得されて、高級店の三階へ案内してもらう。


 料理のメニューは店側にお任せした。

 アルコールを三つ、果物のジュースを一つ注文する。


「グネフェ同盟の勝利に……」

「乾杯!」


 四つのグラスをぶつける。


「グネフェど〜めいってなぁに?」


 挙手したのはエリシア。


「グレイ、ネロ、フェイロン……三人の頭文字を取ってグネフェ同盟なのさ。身内だけが理解できる合言葉みたいなものだ」


 フェイロンの説明を聞いた途端とたん、あどけない目がキラキラと光る。


「エリィも仲間に入りたい!」

「おい、エリィ。お前は実戦の経験がゼロだろう」

「でも、入りたいもん!」


 ふくれっ面のエリシアに、フェイロンは黄色い石を握らせる。


「じゃあ、グエネフェ同盟だな」

「やった〜! グエネフェど〜めい! この石ってなぁに?」

「コハクという。俺の出身地で採れる宝石だ。エリシアは今日からコハクの魔剣士だ」

「わ〜い! わ〜い! エリィ、魔剣士になった!」

「おい、フェイロン。エリィをあまり甘やかすな。自立するのが遅くなる」

「そうか? 俺の故郷では、七歳くらいの子供はたっぷり甘やかすぞ。子供も農作物も、愛情をたくさん注ぐと、きれいに育つのさ。甘えが足りないと、いびつな大人になってしまう」

「そんなものかね」


 自己流の子育てしか知らないグレイはうなずいておいた。


「そうだ!」


 エリシアは席を立つと、食事用のナイフを剣みたいに構えた。


「何やってんだ?」

「エリィ、魔剣を解放する!」

「ほぅ……」

「コハクの魔剣士エリシア参上なの! エリィの命を食らえ……魔剣……魔剣……え〜と……この世で一番強い剣!」


 ぐばぁばぁばぁばぁ……。

 エリシアの口から効果音が飛び出す。


「まずはお前を剣のさびにしてくれる。オニキスの魔剣士ネロ、覚悟なのだ」

「えっ⁉︎ オイラ⁉︎」

「ネロは裏切り者なの。だから、エリィが倒さないといけないの」

「まいったな……」

「お前の命をもらう。言い訳なら、あの世でするの」

「問答無用⁉︎」


 ネロは子供の扱いが上手いから、わざと斬られて、


「ぐわぁ〜」


 と仰向けに倒れた。

 中々の役者っぷりといえよう。


「エリィ、ネロに勝った」

「はいはい、強いよ。流石さすがだよ」


 グレイはネロに感謝してから、やんちゃな弟子を椅子に戻しておく。


「とても強いエリシア嬢には、オイラからこれを進呈しんていしよう」


 ネロが丸い揚げ物をエリシアの皿に置いていく。


「何これ?」

「世界三大珍味の一つでな、食べられる宝石とも呼ばれており……」


 ペラペラとニセ情報を並べ始めるネロ。


(幼虫の料理じゃねえか……)


(こいつ、エリィが虫を嫌いなの、知っていてわざと)


 だまされたエリシアは一口食べる。


「はむはむ……何このお肉⁉︎ トロンとして甘い! 口の中でふわふわする!」

「だろう。栄養もたっぷりあるんだぜ」

「これを食べたら強くなれる?」

「もちろん」


 エリシアは幼虫の揚げ物をパクパク食べた。

 グレイとフェイロンは顔を見合わせ苦笑する。


「にしても、エリシア嬢って食欲が旺盛おうせいだよな。大人並みじゃね〜か」

「魔力をたくさん内包しているせいだろうな」


 ネロの疑問に、フェイロンが答える。


「魔剣士として才能がある子供は、お腹も減りやすいと聞く。魔力を生み出すのに、食べ物のエネルギーを使うそうだ」

「エリィ、才能ある?」

「そうだ」

「たくさん食べる!」


 四人前あった虫料理を、エリシアは一人で完食してしまった。


「エリィ、強くなった! 一気にレベルアップした!」


 パンパンになったお腹を嬉しそうにでている。


「グレイが魔剣士を続けているのは、エリシア嬢を守るためだもんな」

「そうだ。この子が成長するまで、俺は第一線で戦い続けたい。持てる技術と知識を伝えておきたい。最低でも今後十年くらいは、現役の魔剣士として活躍するつもりだ」


 グラスを置いたグレイは、ネロにも理由を問うてみた。


「オイラ? そりゃ、自分の居場所を手に入れるためだよ。オイラが魔剣士だから、民衆からは支持されて、弟子からは尊敬される。魔剣を使えないネロは、ただのネロになっちゃうからね。魔剣士っていうのは、オイラがオイラでいるためのり所なのさ」

「孤児院上がりのネロらしいな」


 フェイロンがナプキンで汚れた口元をぬぐう。


「フェイロンにもあったりするの? 魔剣士を続ける理由みたいなやつ?」

「そうだな……」


 優しいフェイロンの目が、なぜかエリシアに注がれる。


「俺には歳の離れた妹がいる。ずっと家を留守にしている俺なんかと違って、家族想いの優しい子だよ。魔法もそれなりに使いこなせるから、武力一辺倒いっぺんとうの兄とはタイプが違うな」


 この時、フェイロンの妹は十歳。

 エリシアより三つ上だった。


「ふ〜ん、妹さんがフェイロンの後継者になるってわけね」

「いや、サファイアの魔剣士の地位を、妹には継がせたくないんだ。俺が魔剣士を続けている理由は、グレイやネロのように胸を張れるものじゃない。単なる兄貴の我がままさ」


 フェイロンの首には無骨なネックレスがあった。


 妹が初めて仕留めた竜の素材で作ってくれたと、誇らしそうに教えてくれた。

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