第67話 ドラゴンスレイヤーの妹君

 そしてフォーミュラ暦一〇三八年。


「フェイロンなら三年前に死んだぜ」

「はっ……」


 グレイは飲みかけのグラスを落とした。

 ちゃぷんと水柱が立ったが、奇跡的に一滴もこぼれなかった。


「いや、正確には生死不明だな。バタバタしていたから伝え忘れていた。フェイロンは三年前に行方不明となり、その一年後には死亡の判定が下された」

「おいおいおい……あの強かったフェイロンが……」


 グレイは信じられない思いで戦友を見つめる。


 ここは昼間の飲み屋である。

 まだオープン前だが、ネロの行きつけであり、二階を丸ごと借りている。


「どうした。魔剣士が二人そろってシケタつらしやがって」


 マスターが料理の皿を置いた。


 幼虫の揚げ物。

 ずっと昔、エリシア、フェイロンを含めた四人で食べたやつ。

 大半をエリシア一人が平らげた記憶がある。


「グレイの考えていることは分かるよ。信じられない。一番死にそうにないやつが死ぬなんて。そんな感じだろう」

「フェイロンは強い男だった。戦力としてはもちろん、精神面もしっかりしていた。モンスターの攻略法を見つけるのも、俺たちの中で一番上手かった」

「ああ、同感だよ。フェイロンは英雄らしい英雄だった。エリシア嬢も懐いていたし、たくさんの人々から愛されていた」


 ネロは炭酸ジュースのグラスを窓の外へ向ける。


「フェイロンに乾杯」


 グレイも真似した。


「フェイロンに乾杯」


 ビターな味が口いっぱいに広がる。

 とても苦い……敗北の味に似ている。


「じゃあ、今サファイアの魔剣士に就任しているのは……」

「グレイの想像通りだよ。フェイロンの言葉、覚えているか?」

「ああ、もちろん」


 フェイロンが魔剣士を続けている理由。


『サファイアの魔剣士の地位を、妹には継がせたくないんだ』

『単なる兄貴の我がままさ』


 昨日のことのように覚えている。

 あの日、エリシアの希望により、高級なレストランに入った。

 フェイロンはコハクの宝石を取り出して、未来の魔剣士にプレゼントして……。


 エリシアは魔剣士ごっこを楽しんでいた。

 食事用のナイフでネロに斬りかかっていた。


 よく覚えている。

 あの笑い声も、優しい顔も。


「やっぱり信じられない。フェイロンが死んだなんて。俺が十年間眠っていたせいか。でも、遺留品は見つかっていないのだろう」

「いいや、一個だけ見つかった。魔剣コクリュウソウだ」

「魔剣……か」


 ネロいわく、魔剣コクリュウソウは次の使い手を選んだらしい。


「魔剣が新しい使い手を選ぶ。グレイならこの意味が理解できるよな」

「そりゃ……まあ……」


 元の使い手が落命した。

 あるいは、大怪我により戦えない体になった。

 例外はあるが、基本はこの二つ。


「グレイが行方不明になったケースとは事情が違うんだ。あの時は魔剣グラムも見つからなかった。でも、フェイロンの場合は魔剣コクリュウソウが見つかってしまった。しかも、次の持ち主が決まった」

「フェイロンの生存は絶望的というわけか」

「そういうこと」


 ネロは淡々と料理を口にする。


「そういや今日ペンドラゴンに戻ってくるはずだが……」


 鳶色とびいろの目が窓の外を気にした時、王都の上空に、ガーン! ガーン! とかねの音が響いた。


「どうやら帰ってきたみたいだぜ」

「この音……凱旋門がいせんもんの鐘か。聞くのは久しぶりだ」

「グレイにとっては懐かしい響きだろう」


 その昔、戦勝した軍隊がペンドラゴンに帰ってくると凱旋門の鐘は鳴らされたらしい。

 今では魔剣士がペンドラゴンに帰還した場合のみ鳴らされる。


 帰ってきた。

 フェイロンの後継者が。

 このペンドラゴンに五人の魔剣士が集まった。


「本当に妹が?」

「ああ、見たらびっくりするぜ」

「どういう意味だ?」

「全然似ていない」


 グレイとネロは料理を平らげると、凱旋門の方へ急いだ。

 ミッションから帰還した英雄を一目見ようと、民衆たちも次々と集まってくる。


 荘厳そうごんな門が見えてきた。

 龍騎りゅうきまたがった女性が一人、こちらへ近づいてくる。


(フェイロンの妹は、エリィの三つ上……)


(つまり二十一歳か)


 剣と呼ぶには長大で、槍と呼ぶには重厚な武器を、人々の熱狂が出迎えた。


「ファーラン様!」

「サファイアの魔剣士様!」

「今日もお美しい!」


 エリシアとは違った意味で、女性はべっぴんだった。


 色気あふれる美貌びぼう

 ロングの黒髪がお尻の位置まで流れており、弾けんばかりの豊満な胸が目をく。


 ドレスタイプの道士服は漆黒しっこくで、帯の代わりにコルセットが巻かれており、衣装から露出する肌は雪のよう。


 頭の両サイドで光るのは羽をした髪飾り。

 背中には勾玉まがたまを三つ組み合わせた刺繍ししゅうが施されている。


 強くて、美しい。

 ド派手な乗り物。


 魔剣コクリュウソウの大きさも相まって、ドラゴン一頭くらいなら素手で仕留めそうな迫力がある。


「黒剣の姫って感じだろう。ドレス姿でも騎乗できるよう、衣装を工夫しているらしい。けれど見た目にだまされるな。あのフェイロンの妹だ。うら若き女性である前に、根っからの戦士だね」


 ネロの解説をぼんやり聞いた。


(これが現サファイアの魔剣士)


(フェイロンの妹……ファーラン)


 白黒のコントラストが鮮やかなせいで、天使と悪魔と死神を足して割ったような生き物に思えてくる。

 人間というより、魂を得た石像のよう。


「ん?」


 ファーランの涼しい目が後ろの空を気にした。


 鳥影のようなものが迫ってくる。

 影は段々と大きくなり、ドラゴンと判明する頃には、パニックの声があがった。


「うわっ⁉︎」

「よ、翼竜よくりゅうだ!」

「子供たちを避難させろ!」


 慌てふためく住民たち。

 しかし、ファーランは落ち着き払っていた。


「殺された仲間のかたきを討つため、私を追ってきたのでしょう。狙いは私一人です。だから、慌てないで。あと、凱旋門の側から離れるように」


 翼竜はペンドラゴンの上空に侵入。

 大通りを滑空かっくうするように飛び、ファーランの読み通り、脇目も振らずに突っ込んできた。


 ギャアァァァ!

 耳をつんざくような咆哮ほうこうに、人々は建物の中へ首を引っ込める。


 ファーランが左手をかざす。

 翼竜に向かって握りつぶす。


 三暗刻シャドウ・エッジ


 翼竜の体内から、いきなり漆黒の剣が飛び出した。

 一本だけでなく、五本、十本と。


 左右の翼を裂かれたドラゴンは、大量の血をまき散らしながら広場に落下する。


 即死だった。

 体がピクピクしているが、筋肉の痙攣けいれんだろう。


「すみません、お騒がせしました。もう大丈夫です。ですが、死体には触れないように」


 女性ヒーローが優美ゆうびに一礼すると、この日最大の拍手が起こった。


「ファーラン様、お見事!」

「でっかい竜を一撃で仕留めた! すげぇ!」

「サファイアの魔剣士様が我々を守ってくれた!」


 大興奮する人々にファーランは軽く手を振る。


 もうフェイロンはいない。

 戦友を一人失ったのだと、グレイは半分くらい実感できた。


「フェイロンの気持ち、オイラなら分かるね。これほど美人の妹なら、確かに魔剣士にしたくない」

「おい、それは違うだろう」


 ネロが冗談を言ったのは、グレイを暗い気持ちにさせないための優しさだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る