第3話 ミスリルの魔剣士
お湯を吸わせた布でエリシアの体を清めてあげた。
まずは細い手足から。
そして首、肩、背中と順に
「あはは! ししょ〜! くすぐったいよ〜!」
「大人しくしろ。すぐに終わるから」
月光をより合わせたような銀髪は美しい反面、汚れが目立ちやすいという欠点があるのだが、洗って乾かしてやると陶器に負けないくらいのツヤツヤを取り戻した。
「ぶぅ〜」
きれいなパジャマに袖を通したエリシアはベッドにダイブする。
元気な仔犬みたいに転がるから、お行儀が悪いことこの上ない。
「ねぇねぇ、ししょ〜」
「どうした?」
「なんで師匠はオリハルコンの魔剣士なの?」
グレイは布を絞っていた手を止める。
「俺の師匠がオリハルコンの魔剣士だったからだ」
「だったら、エリィも将来オリハルコンの魔剣士になるの?」
「その可能性はあるだろうな。エリィが修行をサボらなかったらな」
「エリィ、頑張る! 絶対オリハルコンの魔剣士になる!」
「ああ、頑張れ。魔法の練習をしておけ」
魔剣士とは
エリシアがオリハルコンの魔剣士を継いだ時、グレイは戦死していることになるが、そこまで打ち明けるほど
「エリィ、師匠と一緒に魔剣士やりたい」
「俺と一緒に、か」
困ったグレイは片目をつぶった。
オリハルコンの魔剣士を名乗れるのは一名だけと決まっている。
「だったら他の魔剣士に空席ができるのを待つしかない。運が良かったら後継者に指名されるかもな」
「魔剣士って七人いるんだっけ?」
「そうだ。全部言えるか?」
「オリハルコンでしょ、ルビーでしょ、オニキスでしょ」
エリシアは指折り数えていくが、三つ目で止まってしまう。
「残りはサファイア、アメシスト、エメラルド、ダイヤモンドだ」
「あっ! 今エリィが言おうと思ったのに!」
「嘘つけ。忘れていたくせに」
「ぶぅ〜」
仔犬より頭が悪いのでは? という不安がグレイの脳裏をかすめた。
「次に空きができるのは、いつになるのかな〜?」
「誰にも分からないし、もし空きができても今のエリィの実力じゃ無理だろうな」
「ぐにゅにゅ〜」
エリシアはベッドのど真ん中に立った。
「
覚えている魔法を順番に発動させていく。
手から炎を出したり、水を出したり、八歳にしては器用なものだ。
「エリィ、こんなこともできるんだよ」
何気なく顔を上げたグレイはハッとした。
エリシアが右手で炎を出しつつ、左手で氷を発生させていたからだ。
「魔法を同時に発動させたのか。どこで覚えた?」
「ん〜と、遊んでいたら思いついちゃった」
「…………」
右手と左手で別々の魔法を操る。
簡単なメカニズムに聞こえてしまうが、グレイにとっては難しい技術だし、他の魔剣士だろうが変わらない。
エリシアは時々、才能の
そして本人には優れている自覚がまるでない。
「今夜はその辺にしておけ。うっかり魔法が暴走して、家を壊したら大変なことになる」
「は〜い」
グレイはベッドの脇に腰を下ろして、エリシアと目線の高さを合わせた。
「魔剣士の位は八つある」
「あれ? 七人じゃないの?」
「いつもは七人だ。だが、長い歴史の中で三回だけ八人目がいた」
ミスリルの魔剣士。
もはや伝説みたいな存在だろう。
そして子供は伝説じみた話が大好きと決まっている。
「どうやったらミスリルの魔剣士になれるの?」
「とにかく強い。それだけが条件だ」
「どのくらい強いの?」
「そうだな。過去に活躍したとされるミスリルの魔剣士は、他の魔剣士を足し合わせたのよりも強かった。つまり他の七人が束になっても勝てない」
「それって師匠が七人いても勝てないの⁉︎」
「たぶん、勝てない」
「うわぁぁぁぁ〜」
わくわくの止まらないエリシアが脚をバタつかせる。
「すごい! すごい! すごい! それって本当の話なの⁉︎ エリィを
「ないない。都に帰ったら文献を読ませてやるよ」
「エリィ、ミスリルの魔剣士になる!」
「だったら、片腕で俺を倒せるくらい強くならないとな」
「師匠! 勝負しようよ!」
今のエリシアはクソ雑魚だから、グレイの指一本で返り討ちにできてしまう。
「あぅ! 負けた!」
「くっくっく……弱っちいな」
グレイは微笑ましい気持ちになる。
大きな夢を持つことは若者に許された特権だろう。
「ミスリルの魔剣士って男だった⁉︎ それとも女だった⁉︎」
「二人は男性で一人は女性だったと伝わっている」
「へぇ〜、女でもなれるんだ!」
エリシアがベッドに倒れ込むと、きれいな銀髪が扇のように広がった。
「でもミスリルの魔剣士になって何する気だ?」
「ん〜とね、師匠がピンチになったら助けてあげる!」
「ふっ……それは頼もしいな」
「でしょ〜」
前回誕生したミスリルの魔剣士は、奇しくもエリシアという名の女性だった。
もしかすると……いや……まさかな。
グレイが武器を磨き終える頃には、エリシアはとっくに熟睡していた。
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