第2話 天使のような無邪気
わりと余裕のありそうな村だと思った。
富の源泉が何なのか質問すると、大きな花畑だと教えてくれた。
「ああ、ハチミツですか」
「はい、都の貴族様に高く売れます。今年は天候が安定しており、例年より美味しいハチミツが採れました」
ここは村長の家である。
てっぺんが丸っと
「退治してくださり、感謝しかありません。コボルトは夜中に
「いえ、これも魔剣士の務めですから。当然のことです」
「さすがオリハルコンの魔剣士様だ」
エリシアはさっきから
こうして接待されるのは約一ヶ月ぶりなので目のキラキラが止まらない。
「村長さん、このお肉、おいしいです!」
「それは良かった」
「村長さん、こんなに新鮮なお野菜、初めて食べました!」
「それは、それは……。実は我が家の庭で収穫したやつなのです」
「村長さん、おかわりもらっていいですか⁉︎」
「ええ、もちろん」
おい、食い過ぎだぞ、という意味を込めて頭をポンポンしておいた。
それを見た村長は柔らかく笑う。
「いいのですよ、オリハルコンの魔剣士様。よく食べて、よく寝る。これが子供の仕事ですから」
すると調子に乗ったエリシアが肩を揺らしまくる。
「エリィ、たくさん食べる! 早く大きくなる! 立派な大人になる!」
「まったく……」
わざわざ告白するまでもないが、グレイは独身男だ。
エリシアの教育方針はこれでいいのだろうか? というのが最大の悩みだったりする。
「このポリッジ、おいしい! おかわりください!」
「はい、かしこまりました」
ポリッジとはミルク
上質な牛乳に加えて、乾燥させたフルーツや木の実をまぶしており、ほんのり甘いのだ。
なので『ポリッジが旨い』というより『牛乳やフルーツが旨い』と解釈するのが正しいだろう。
「はむはむ」
いちいち声に出して食べるエリシアに、村長の家族らは温かい眼差しを注いでくれる。
「お弟子様は親族なのですか?」
ワインを一口飲んだ村長が言う。
「いえ、赤の他人でした。とある村が魔物に襲われて、この子だけ生き残ったのです。本人に当時の記憶はありません」
「なんと痛ましい……」
「もちろん本来の名前なんて分かりませんから、
するとエリシアが手をあげる。
「ソシツってなぁに?」
「秘めている魔力の量みたいなやつだ。生まれつき半分が決まっている。残りの半分は本人の努力による」
「エリィ、がんばる!」
エリシアには先天的な素質があった。
師匠のグレイとは比較にならないほどの。
わずか八歳にして、すでにグレイの魔力量を超えていると言えば、エリシアの桁外れっぷりが伝わるだろう。
本人が調子に乗るとアレなので秘密にしているが……。
「私の師匠、すごいのですよ! 襲ってきたコボルトをザック! ザック! バッタ! バッタ! なのです! しゃしゃしゃっと魔法陣を描くと、地面からバリバリバリっと槍が出てきて! あっという間に勝利したのです!」
エリシアが剣に見立てたスプーンを振りながら熱弁してくれる。
「でも……でも……最後に子供のコボルトが生き残って……その横には死んだお母さんがいて……エリィはとても悲しくて……」
昔の自分に重ねてしまった。
そう主張するエリシアの目が涙ぐむ。
「心優しいお弟子様なのですね」
村長が目尻を下げながらフォローしてくれる。
「今回のコボルト退治で少し気になることがあります。最後の一体までこちらに向かってくる意気を感じました。これは俺の憶測なのですが……」
コボルトは元の住処を追われたのでは?
「より強力な魔物が近くにいると?」
「その可能性は大いにあります。俺が偵察してみます。もし読みが正しいなら、もっと根深い問題が潜んでいることになります」
「ふむ……」
村長の口が一文字になる。
「分かりました。村から馬車を出しましょう」
「そうしてくれると助かります。俺がコボルトの住処だった場所まで出向き、手がかりが残っていないか確かめてきます」
「魔物のナワバリ争いというのは、よく起こる現象なのでしょうか?」
「いや」
グレイは木製のコップを置きつつ首を振る。
「人間が思っているほど魔物は好戦的ではありません。食料が不足しているとか、よっぽどの事情がない限り、コボルトの土地を奪おうとはしないでしょう。ごく一部の魔物を除いては……」
「ごく一部の魔物?」
「天災みたいな魔物です」
「ああ……」
天災の二文字で通じた村長は納得する。
キョロキョロしているのはエリシアくらい。
「二階に寝室を用意しております。ゆっくりお休みください。後でお湯を運ばせます。他に何か入用な物はありませんか?」
「でしたら子供用の寝巻きを貸してくれると助かります」
するとエリシアが手をあげて、
「パジャマ、貸してください! モコモコだと嬉しいです! 可愛い柄だともっと嬉しいです!」
と村長に頼み込んだ。
天使のような無邪気さは、この場の全員を笑顔に変える魔法だった。
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