第77話 自然が生んだマジック・アイテム

 奥地へ入って早々。


「やべっ⁉︎ 首筋に何か刺さった⁉︎」


 ネロがあっさり負傷した。


「おい、オレンジ色の実には気をつけろって、ファーランが教えてくれたばかりだろう」

「イテテテテ……きれいな虫が飛んでいたから、脇見していたら、実を潰しちゃった」

「クソガキだな、本当に」


 実のサイズは拳の二倍くらい。

 紙風船のように薄い皮で包まれている。

 強く触れると中のガスが爆発して、毒針を四方にまき散らすのだ。


 いわば自然のトラップ。

 毒にやられて落命した生き物は植物の肥料となる。


「さっそく目眩めまいが……」

「この場で手当てしよう」


 下草を踏む音がしたので、魔剣に手を伸ばしたが、大人しそうなドラゴンが葉っぱを食べていた。

 草食の首長竜……つまり無害。


「ふぅ……」

「慣れない土地だから神経を使うね」


 レベッカが太陽の位置を気にする。


「どっちの鳥を飛ばす? 赤にする? 青にする?」

「赤でいいよ」

「いや、青だろう。ドジを踏んだネロが動けない」

「いやいや、平気だって、このくらいの毒」

「なら、リーダーに決めてもらおう」


 ファーランを呼んだ。


「エリィに安否報告する時間だ。赤にするか、青にするか、ファーランの意見を聞かせてくれ」

「グレイの考えは?」

「青だな」

「レベッカの考えは?」

「青だね」

「じゃあ、青で」

「くそっ……」

「ネロの症状が回復したら、赤の鳥を飛ばせばいいのです」


 ちなみにグレイ、ネロ、レベッカの三人は徒歩だ。

 モンスターに襲われても即応戦できるよう、龍騎には荷物だけを積んでいる。


「傷口を見せてください」


 ファーランが毒針に触れた。


「二箇所やられましたか。一瞬だけ痛みますよ」


 ネロの口から、くぅ〜、と声がもれる。


「これから血を吸います」

「えっ……ファーランが?」

「いけませんか?」

「いや……別に……」


 歳上のくせに照れるネロ。


「気にするな、ファーラン。ネロは永遠の思春期だから、女性に首筋を吸われるのが恥ずかしいだけだ」

「ち……ちげぇ〜し」

「我慢してください、ネロ」

「あっ……あっ……やば」


 血を吸っては吐いて、血を吸っては吐いて。

 そんな動作をファーランは五回繰り返した。


「少し休めば回復するでしょう」

「おう……サンキュー」


 手足がしびれているネロにグレイは背中を貸す。


「若い女性が手当てしてくれてラッキーだったな」

「笑えない冗談だね。オイラが心配したの、魔剣エルドリッチだってことくらい、グレイなら知っているよね」

「ファーランに嫉妬しっとして使えなくなるのか。大げさだな。魔剣もそこまで我がままじゃないだろう」

「我がままだから困っているんだよ。腰からドス黒いオーラが出ている。怒っているね」

「機嫌を取るしかない。後でネロの血を吸わせて」

「くそっ……他人事だからって……」

「ヘマしたネロが悪い」

「むぐぅ……」


 しばらく進むと清らかな泉が見えたので、大木の上にキャンプを張ろうという話になった。


「この泉、膨大ぼうだいな魔力が秘められているね」


 水を一口飲んだレベッカがつぶやくように言った。


 ……。

 …………。


「これは記憶の泉と呼ばれています。私たちの一族にとって、神聖な場所の一つとされています」


 グレイが水面をのぞくと、自分の顔と空が映っていた。


「普通の泉に見えるが……」

「自然が生んだ魔法道具マジック・アイテムです。水中に手を突っ込むと、懐かしい思い出が水面に映し出されます」


(天然の魔法道具マジック・アイテムか……)


 グレイも過去に何度か見ている。

 火口付近とか、洞窟の奥とか、秘境と呼ばれる場所で誕生しやすい。


他所者よそものが使っていいのか?」

「構いません。神竜シェンロンが地上の人々に与えてくれた恩恵ですから」

「なるほど」


 まずはグレイが右手を浸けてみた。


「甘酸っぱい思い出や、他人に見られたら恥ずかしい記憶が、優先的に映し出されると思います」

「おい、そういう情報は先に教えてくれ」


 水面に二人の人物が浮かび上がった。

 徐々に鮮明になっていき、幼き日のグレイとミケーニアだと分かった。


『これ、グレイにプレゼント!』


 ミケーニアが小さな包みを差し出してくる。

 二人の間には金属の柵があり、ミケーニアの屋敷の一部も映っている。


『クッキー? もらっていいの? ミケのお父さんに怒られない?』

『いいから、いいから。早く食べて。食べ物はお腹に入っちゃうから、証拠が残らないでしょう』


 戸惑いつつもクッキーをかじるグレイ。


『おいしい?』

『うん、とっても』

『よかった! グレイがクッキーを食べたことないって言うから! この味を知らないなんて、人生損しているわ!』

『それが普通なのだけれども……』


 泉の映像はそこで途切れた。


「もしかして、さっきの少女が……」


 ファーランが食いついてくる。


「ああ、エリィの母親だ。これは実際にあった場面だ」

「エリシアとお母さん、似ていますね。グレイが照れていて面白かったです」

「領主様の娘だからな。物をもらう時は緊張した。親に見つかったら俺もミケも叱られる」

「ふむふむ、ミケと呼んでいたのですね」

「本当は様をつける必要があった」


 場所をネロにゆずった。


「足を滑らせて落ちるなよ」

「毒は抜けたって」


 また二人の人物が浮かんでくる。

 幼き日のネロとクロヴィスだった。


『お前の体には偉大な血が流れている。アーサー王の再来と呼ばれる日が来るだろう』


 クロヴィスの手がネロの頭に触れる。


『お前の魔力は、すでに現役の魔剣士に比肩する。しかし、慢心するな、ネロ。この国の在り方を正すのが、お前に課せられた使命なのだ』


 そこで映像は終わった。


「オイラを四代目ミスリルの魔剣士にすることが、クロヴィスの願望だった」

「親は身勝手だな。子供に夢を押しつける」

「でも、何一つ期待されないよりマシだと思ってしまうのが、子供って生き物だろう」


 次はレベッカの番。

 きれいなヴァイオリンの演奏が流れてくる。


『エリィ、こんなに美味しいパン、初めて食べた!』


 子供のエリシアだ。

 おそらく十歳くらい。

 向かいの席には二十代前半のレベッカが座っており、テーブルには美味しそうな料理の数々が並んでいる。


『気に入っていただけましたか?』


 声をかけてきたシェフは、結婚する前の旦那さん。


 エリシアの前にお菓子が置かれる。

 子供だけのサービス、と。


 エリシアは『ずっと子供がいい!』と大はしゃぎして、レベッカが『お行儀が悪いでしょう』と注意する。

 それを旦那さんが微笑みながら見守っている。


 レベッカの大切な思い出であることは、本人の表情を見れば一目瞭然だろう。


「エリィを育ててくれてありがとな、レベッカ」

「何を今さら。むしろ私が成長させてもらったよ。ほら、次はファーランの番だよ」


 先輩に背中を押されたファーランは、ごくりと生唾なまつばを飲んでから、水中に右手を入れた。

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