第76話 兄様の残してくれた仲間がいる

 居間の真ん中に火鉢ひばちがあった。

 スープを温めたり、雪の季節は暖炉だんろになるという。


「全員、一命を取り留めたよ」


 くつを脱いだレベッカが、安堵あんどのため息をつく。

 重傷者は五人いて、大なり小なり障害は残るが、全員が家族のところへ帰れそうだ。


 ここは商隊のリーダーの家である。

 木造の平屋で、壁には竜の骨だったり、太極図たいきょくずが飾られている。


 さっきからネロが見ているのは五芒星ペンタグラム

 頂点のところに『木火土金水』の文字があり、五つのエレメントから天地が成り立っていると、ドラゴニアの人々は考えている。


「これが五行説ってやつね」


 ネロが線をなぞっていると、リーダーが戻ってきた。


 憔悴しょうすいしている。

 今回の件で自分を責めているらしい。


「ギガラプトルが商隊を壊滅させたという話は、他の村の住人から聞いたことがあります。一度人肉の味を覚えたギガラプトルは、好んで人を襲うようになると知っていましたから、指揮官である私に落ち度があったことになります」


 気落ちするリーダーの肩には、今回の戦闘で受けた傷がある。

 仲間を守ろうと必死だった証拠だろう。


「自分を責めないで。本来、ギガラプトルはこの近隣に現れる魔物じゃありません」

「その件について少しお話が……」


 恩人のファーランに、リーダーは迷う素振そぶりを見せた。


「どうしてもフェイロン様の時を思い出します」

「兄様……ですか?」

「すみません、ファーラン様をつらくさせる話題でしたね」

「いえ、詳しく聞かせてください」


 五人は火鉢を囲むように座った。


「当時もギガラプトルが暴れていました。この村の住人は無傷だったのですが、商隊のメンバーだけでなく、女子供まで命を落とす事件が相次ぎました。フェイロン様は人肉の味を覚えたギガラプトルを討伐した後、ドラゴンが活発化している原因を調べる必要がある、といって奥地へ向かわれ……」


 それっきり帰ってこなかった。


 各村は有志を募った。

 三つの捜索チームを送った。

 死線をくぐり抜けた成果として、魔剣コクリュウソウの回収に成功している。


「ファーラン様も奥地へ向かわれるつもりでしょうか?」

「私も兄様のように帰ってこないと? その心配でしょうか?」

「フェイロン様が行方知れずになられた時、ドラゴニアの人々は深い悲しみに包まれました。ファーラン様まで失うようなことがあったら、それ以上の悲しみに突き落とされるでしょう。もちろん、王都におられるミスリルの魔剣士様のご活躍は存じております。それ以上にドラゴニア出身の魔剣士様は特別なのです」


 ドラゴニアは魔剣士の一大産地とされるが、出没するモンスターの強さが関係している。


「心配はいりません。私は兄様を探すためドラゴニアへ帰ってきました。そして私には兄様の残してくれた仲間がいます」


 ファーランがグレイとネロを紹介する。


「この二人は兄様の戦友です。たくさんの難敵を三人で倒してきたと聞いています。そしてレベッカは兄様の後輩です。その三人が今回、私に力を貸してくれます」


 本当ならエリシアが来る予定だったのですがね……。

 そう付け加えると、一転、なごやかなムードが広がった。


「承知しました。私の部下に、魔剣コクリュウソウの回収に立ち合った男がいます。当時、どういうルートを辿たどったのか、詳細に聞き出しましょう。他にも奥地に詳しい人材を集めて、可能な限り手がかりを集めてみます」

「ご協力に感謝します」


 リーダーは床に手をついて深々と頭を下げた。


「ファーラン様とお仲間の皆様に神竜シェンロンの加護があらんことを」


 ドラゴニアの人々にとって、竜とは恐怖の象徴でもあり、信仰の対象でもあった。


 ……。

 …………。


 その日の夜。

 星空でも観察しようと、グレイが楼閣ろうかくに登ったら、先客の姿があった。


「眠れないのか」


 髪飾りのついたファーランの黒髪が、夜風にさわさわと揺れている。


「誰かと思えばグレイですか。眠れない訳ではありませんが、久しぶりに故郷の夜空を目に焼きつけておこうかと」

「ペンドラゴンで見る月よりもまぶしいな。標高が高いせいか」

「ええ、星々の光も王都より明るいでしょう」


 月光を照り返すファーランの目が伏せられる。


「この星空をエリシアに見せられなかったのが少し残念です」

「二人は魔剣士になったタイミングが近いからな。同期みたいな間柄だろう」

「そうですね。魔剣士候補は何人かいましたが、エリシア一人が抜きん出た存在で、魔剣アポカリプスにも選ばれて、非の打ち所がなくて……」

「エリィと自分を比較して落ち込んだのか?」

「少しは。でも、エリシアは優しい子です」


 一緒に魔剣士になりましょう、と声をかけてくれたらしい。

 知らない世界を二人で見に行きましょう、とも。


 フェイロンが行方不明となり一番苦しかった時期、誰よりもファーランの心を支えてくれたのが、歳下のエリシアだった。


「エリシアも一度グレイを失っています。だから、エリシアは誰よりも優しいのです」

「なんか、照れるな」

「グレイもネロもレベッカも、私にとっては大先輩です。エリシアだけが違います。実力は向こうが上なのに、私のことを姉のようにしたってくれます」


 エリシアについて話す時、ファーランの舌はよく回る。


「俺とフェイロンも同期だった。たぶん、評判はフェイロンの方が上だったと思う。ドラゴニア出身のすごい若手がいる、とな。ドラゴニアは優秀な魔剣士を数多く輩出はいしゅつしてきた。一方の俺は、のどかな村の平民で、地元から魔剣士を輩出したことは一度もなかった。そして魔剣士を目指した年齢が、周囲よりも遅かった」

「そういえば、グレイの故郷は……」

「十六年くらい前に滅んだ。ファーランには話していなかったな。俺とエリィの二人だけが生き残りだ」

「すみません、余計なことを聞いてしまい……」

「いや、いい。ファーランは立派な魔剣士だ。ドラゴニアの人々を愛して、ドラゴニアの人々から愛されている。皆の姫様であり、希望の星だろう」


 グレイには守るべき故郷がない。

 だからこそ、守りたいものを見つける幸せを理解している。


「仲間の故郷を守るのも悪くない。ファーランは俺の仲間なのだから」

「グレイ……」


 いくつか身の上話を交わした。


 エリシアがどんな子供だったのか、ファーランは知りたがった。

 勝手に転んですぐ泣いていたと教えると、意外そうな顔を向けられた。


「エリィは昔から花が好きだった。ちょっと機嫌が良くなると歌わずにはいられない、少女らしい少女だったよ」

「エリシアの可愛い部分は、成長してもそのままですね」

「十年後も変わらないだろうな」


 ファーランが視線を転じる。


「どうやらレベッカが就寝するようです」


 火の鳥が一羽、ひらひらと夜空を横切っていくのを、二人は目視できなくなるまで見守った。

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