第75話 序盤に出ていい魔物じゃない

「やっぱり龍騎ははぇ〜な! 体が風になったみたいだぜ!」


 最初の四日は順調に進んだ。

 日没になると宿を探して、日の出と共に出発した。


 五日目は嵐のような大雨だったので、雨合羽あまがっぱ代わりのフード付き外套コート羽織はおり、横殴りの雨をしのぎながら進んだ。


 レベッカは欠かさず火の鳥を飛ばしている。

 魔法の鳥だから命令は順守するだろうに、


「頼んだよ。エリシアによろしくね」


 と声をかけるのが律儀りちぎなレベッカらしかった。


 戦闘らしい戦闘が起こったのは、ドラゴニア地方に入って一日目であり、誰よりも先に血の予感を察知したのはファーランだった。


 ……。

 …………。


「止まりなさい」


 ファーランが手を上げると、四頭の龍騎は同時に足を止めた。

 長いまつ毛に縁取ふちどられた瞳が、つづら折りになった山道の先を気にする。


 ダンッ! ダンッ!

 ダダーンッ!


 炸裂音さくれつおんが空を裂いたのだ。

 かなり遠い、山のいただきを越えた向こう側だろう。


「何だ、こりゃ。火薬の音か。猟師……て感じじゃなさそうだな」


 ネロの問いに、ファーランが頷く。


「おそらく魔物が出て、応戦しているのでしょう」


 答えるが早いか、ファーランは騎乗の腹を蹴って、岩場から岩場へとジャンプしていく。


「私たちも追いかけるよ」


 レベッカが後に続く。


「くそっ、レベッカは乗馬が得意だからいいよな。どうする、グレイ?」

「俺たちも行くしかないだろう。落馬が怖くて魔剣士を名乗れるか」

「だってさ、ネロ号。ルートはお前に任せた」


 グレイ、ネロの順で追いかけていると、ふたたび火薬の音が響いた。


 ダンッ! ダンッ!

 ダダーンッ!


「この音って、竜砲りゅうほうってやつか?」

「だろうな。音を聞くのは久しぶりだ」


 馬ならパニックを起こす場面だが、龍騎は慣れているらしく、疾駆しっくのスピードをゆるめない。


「雄大な自然の中に、ピリピリした殺気が満ちているの、竜のテリトリーって感じだよな」


 ドラゴニア地方は他所者よそものに手厳しい。

 出現するモンスターの危険レベルが高いのだ。


 居住区は防壁で守られており、かつ、人々は自衛のため火器で武装している。


 竜砲。

 鉄の筒に火薬と鉛玉を詰めて爆発させる、シンプルな対魔物兵器である。


 メリットは魔力を必要としないこと。

 デメリットは雨の日に使えないこと。

 他にも重いのがネックだが、小型モンスターなら一本で楽に追い払える。


「あそこだ!」


 手綱を引いたネロがハッとする。


「おいおい、デケェぞ。あんな魔物、冒険の序盤に出てきたらダメでしょ」


 グレイたちの視界で暴れていたのは、もっと奥地にいるべき大物だった。


 子供くらいなら丸呑まるのみできそうな口には、ナイフのような牙が並んでいる。

 羽は退化しており、飛行する能力を失っているが、風を起こして人間を吹き飛ばすくらいのパワーはある。


 尻尾の先端はハンマー状になっている上、左右に二本のとげが生えており、毒を持っているから油断ならない。


 もっとも恐ろしいのは鉤爪かぎづめだろう。

 左右の手に四本ずつ、人間が身につけている防具なんかバターのように裂いてしまう。


 鳥竜ちょうりゅうギガラプトル。


 しかも一体じゃない。

 獰猛どうもうなハンターが三体同時に出現している。


 彼らのターゲットは商隊と思われる三十人ほどの集団だ。

 すでに五人が血の海に横たわっており、立っている者の半数が負傷している。


「焦るな! しっかり引きつけてから撃て!」


 商隊のリーダーが荷台の上から指揮を執る。

 男たちの肩には竜砲が担がれており、その内の三つが同時に火を噴いた。


 ダダーンッ!

 鳥竜が怯む、ほんの一瞬。


「盾を構えろ! 次弾を装填そうてん!」


 無理がある。

 七大厄災パガヌスほどじゃないが、ギガラプトルには再生能力がある。

 目玉を潰そうが、腹に風穴を開けようが、ゆっくり時間をかけて再生する。


 一撃で首を斬り落としてしまうとか。

 まとまったダメージが必要であり、これじゃ死期を先延ばしにするだけの効果しかない。


「こっちは弾が一発しか残っていません!」

「同じく俺も残り一発です!」

「くそっ……」


 万事休すか。

 商隊のメンバーが絶望に染まっていると、金色の光が空中を駆け抜けて、先頭のギガラプトルに襲いかかった。


 魔剣がひらめく。

 ワンテンポ遅れて頭部とおびただしい血が落ちる。


「姫様!」

「ファーラン様だ!」


 冷たく燃えるファーランの目が、二体のギガラプトルを威圧した。


「早く! 怪我人の手当てを! この場は私に任せなさい!」


 二体のギガラプトルは左右に走った。

 逃走……ではなくファーランを挟み撃ちにする作戦だ。


 巨体であることから、愚鈍ぐどんなイメージを持ちやすいが、ギガラプトルは頭が回る魔物とされている。

 その証拠というべきか、急に降ってきたファーランに動揺することなく、瞬時にフォーメーションを組み替えている。


 二体は兄弟だろうか。

 息の合ったコンビネーションで、ファーランとその愛馬に襲いかかろうとした、次の瞬間……。


 三暗刻シャドウ・エッジ

 一体の体内から漆黒しっこくの剣が飛び出して、血の海を一つ作る。


 頭から突っ込んできたもう一体を、魔剣コクリュウソウが迎え撃ち、頭から尻尾まで真っ二つにしてしまう。


 信じられないのは商隊のメンバーたち。

 絶体絶命のピンチだったのに、狩られたのはギガラプトルの方であり、目の前ではド派手な道士服が風になびいている。


 男たちは地面に片膝かたひざをついた。

 王様を前にした臣下のように、右手でグーを作り、左手で包み込んだ。


「感謝します、ファーラン様。多くの命が助かりました。我々の全員が死を覚悟しておりました」

「いえ、お気になさらず。魔剣士として当然の務めを果たしたまでです」

「して、お怪我などはありませんか?」

「平気ですよ」


 白い手が胸元に触れる。


「黒いドレスですから。血飛沫ちしぶきを浴びても、汚れが目立たないのです。まったく問題ありません」

「いえ、私が気にしたのは、衣装の方ではなく……」


 言葉をまごつかせるリーダーに、ファーランはキョトン顔を返す。


「もしかして、龍騎の心配ですか? 見ての通り、この子はピンピンしています」

「そっちでもなく……」

「魔剣でしょうか? この程度で刃こぼれする子じゃありませんが……」

「いえ、何でもありません。ファーラン様の心配をするなど、出過ぎた真似だったようです」

「はて…………。あ、そうそう、怪我人の手当てを急ぎましょう。余計な荷物は捨てて、搬送のためのスペースを確保してください。一番近くの村まで私たちが護送しましょう」


(やっぱりファーランは天然だったか……)


(出会った日、世間と感覚がズレている印象だったしな)


 グレイたち三人に気づいた商隊のリーダーは、右手でグーを作り、左手で包み込んだ。

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