第116話 どうやったら最速で強くなる?
帰還から二週間後。
剣と剣のぶつかる音が庭の隅っこに響いていた。
手合わせしているのはウィンディとアッシュだ。
どちらもシャツにズボンという動きやすい服装をしており、持っている剣の長さも同じ。
普通にやったら勝負にならないので、アッシュの手足にはハンディの重りが巻いてある。
最初は
(クロノスの瞳を使うのは、バトル中だと難しいか)
じっと立っている状態なら使いこなせる能力も、目まぐるしい攻防の中では役立たずらしく、一度も戦闘に活かせていない。
「あっ⁉︎」
ウィンディの手から剣が飛んだ。
くるくる回転しながら落ちてきて、グレイの足元に突き刺さった。
「アッシュの攻撃に三十回耐えた。今までの最高記録だ。確実に成長している」
剣を返してもらったウィンディは、
「まだまだです!」
とアッシュに再戦を申し込むが、グレイは手でストップをかける。
トレーニングをやり過ぎると体を壊しかねない。
「自分の課題が何なのか、ウィンディは分かるか」
「筋力不足ですかね。パワーもスピードも足りません」
「そうだ。たくさん食え。ある程度のレベルまでなら簡単に成長する」
「承知です」
弟子入りするにあたりウィンディは一個条件を付けてきた。
アッシュと一緒に弟子入りしたい、と。
断る理由はなかった。
元々アッシュも弟子に迎えるつもりだった。
二十五歳という年齢だって、人脈や人生経験が豊富と言い換えられる。
問題なのはアッシュとウィンディの序列だけ。
年齢順でいいだろうと思い、アッシュを弟子の第二号、ウィンディを弟子の第三号にしている。
もちろん、第一号はエリシアだ。
「こうして並んでいると、グレイ様よりアッシュの方が歳上みたい」
「うるせぇ……」
ウィンディが冷やかすと、アッシュはしかめっ面になった。
「でも、自慢できるよな。俺らはエリシア様の後輩だからな」
「偉大なのはエリシア様で、アッシュじゃないからね」
「分かっているよ」
エリシアについて話していると、卵型カプセルを大切そうに抱えた本人が通りかかった。
フェアリー・バードは卵のままで、
エリシアは一通の手紙を取り出す。
「ウィンディの故郷の様子を見てきました。皆さん、元気になっていました。ウィンディのご両親にも会ってきて、手紙のお返事を預かりました」
エリシアは自由に空を飛べるから、娘の手紙を届けてきたのだ。
「ウィンディは故郷に帰らなくていいのですか?」
「ええ、まだ帰りません。目の前の目標を達成してからです」
「そうですか。あなたの成長に期待しています」
グレイは『娘をお願いします』という伝言をエリシアの口から受け取った。
「あのっ! エリシア様って元から強かったのですか⁉︎」
「う〜ん……そうですね……」
「どうやったら最速で強くなれるのか知りたいです!」
「強い人に勝負を挑むのが一番じゃないですかね」
エリシアが十二歳くらいの頃、魔剣士がいそうな場所を探して、片っ端から練習試合を申し込んでいたらしい。
あまりのしつこさにネロやレベッカは、
『エリシアの姿が見えたら真っ先に知らせてくれ!』
と弟子を見張り役として立たせたらしい。
「王都にはネロ、レベッカ、ファーランがいますから。ウィンディから手合わせを願い出たらいいのです。自分の師匠に挑む時とは違った緊張感がありますよ」
「いえ⁉︎ 確実に殺されます!」
「強い人っていうのは手加減も上手いのですよ。あ、でもファーランは手加減が下手そうですね。彼女に申し込むと後悔しそうです」
「ほら! 殺されるじゃないですか⁉︎」
やり取りを見守っていたアッシュが、
「まずは俺に一回勝たねぇとな」
と横槍を入れる。
ウィンディは悔しそうに地団駄を踏んだ。
「アッシュなんか三ヶ月で超えてやる!」
「そうかい。でも、ウィンディは魔物と戦った経験がゼロだろう。忘れちゃいけねぇが、魔物を倒すのが使命なんだぜ。いざ本物を前にして、ビビって泣かないようにな」
「くぅぅぅ〜」
アッシュの言う通り、いつか魔物との戦闘訓練も積ませるべきだろう。
「あっ! いけない! お皿洗いの時間だ!」
ウィンディが荷物をまとめて去っていく。
「俺も傭兵ギルドに顔を出してきます」
アッシュも立て続けに去っていった。
二人になった瞬間、エリシアは甘えん坊の顔になり、
「ねぇねぇ、ししょ〜、休憩がてらお茶しませんか」
ちょこんと肩を寄せてくる。
よっぽど話したい内容があるのだなと、グレイは表情から一発で悟った。
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