第115話 卵泥棒しても大丈夫なのか?

 山を登っている最中、ファーランが珍しいものを見つけた。

 低木ばかり立っている山肌、その一帯がカラフルに染まっている。


 果樹園ではない。

 虹色の羽を持った鳥の営巣地なのだ。

 今は産卵シーズンだから親鳥がレインボーの卵を温めている。


 極楽鳥ごくらくちょう

 王都の方ではフェアリー・バードという名前が一般的だ。


 観賞用としての価値がとても高く、庶民が一年暮らせるだけの値段で取引されたりする。

 だったら乱獲で数が減りそうなものだが、ドラゴニアの奥地という天然要塞に守られており、魔剣士クラスの実力がないと捕まえられない。


 グレイも王都でフェアリー・バードを見かけたことはあるが、天然のものを目にするのは初である。


「ちょっと待っていてください」


 足場から足場へとジャンプして、いくつか巣を物色したファーランは、虹色の卵を一つ持って帰ってきた。

 もちろん親鳥に攻撃されるから頭に羽が刺さりまくっている。


「卵泥棒しても大丈夫なのか?」

「問題ありません。フェアリーバードの親が育てられるひなは最大六羽なのです。卵が七つある巣からは盗んでいい決まりです」

「人間のエゴを具現化したようなルールだな」


 ファーランは卵型のカプセルを取り出すと、その中にフェアリーバードの卵をセットした。

 カプセルは魔法道具であり、衝撃から卵を守ってくれる他、自動で適温をキープする効果もある。


「はい、エリシアにプレゼントです。やがて雛が産まれてきますよ」

「もらっちゃっていいのですか⁉︎ 記念日とかでもないのに!」

「理由がないのにもらうプレゼントって特別に嬉しいじゃないですか」

「ありがとう、ファーラン」


 新しい命の誕生に胸をときめかせながら山のいただきを目指した。


「しかし、親鳥は必死に反撃してきましたよね」

「自分の命と同じくらい大切な卵ですから」


 エリシアが顔を伏せてしまう。


 千年竜は誇り高い生き物だ。

 ドラゴニアの伝承によると天地のことわりを理解している。

 みすみす卵を盗ませてくれるのか、千年竜の親を殺すことにならないか、エリシアなりに心配しているらしい。


「問題ありません。この子の力を借ります」


 ファーランが魔剣コクリュウソウを持ち上げる。


「この魔剣は竜と会話できると言われています。そしてエリシアは魔剣の声が聞けます」


 魔剣コクリュウソウを通訳係にして千年竜と交渉しよう、という発想である。


 上手くいく保証はない。

 というより失敗する可能性が高い。

 一縷いちるの希望を手に入れたエリシアは「よしっ!」と気合いを入れ直して歩くペースを上げた。


 ブロロロロ〜、という鳴き声が大気を震わせる。

 カルデラのようにくぼんだ地形があり、千年竜のコロニーが広がっている。


 かなり大きい。

 一頭の竜がグレイたちの頭上を横切ったが、太陽が完全に隠れてしまう。

 こっちです、と手招きしたファーランは奥へ奥へと進んでいき、ボサボサにひげを伸ばした長老らしきドラゴンの前で足を止めた。


 ブロロロロ〜。

 生温かい息がグレイたちを直撃する。


「交渉ですよね……ハロ〜、ハロ〜……私の名前はエリシア。ミスリルの魔剣士です。……こんな感じでいいのですかね」


 すると長老ドラゴンはあごを地面につける。

 翡翠ひすい色の目でエリシアを観察した後、ブロロロロ〜と鳴く。


「なんと言っているのだ?」

「エリシアか。三百年会わない間に少しせたな、と言っています」

「ッ……⁉︎」


 先代のエリシアもこの場所を訪れたらしい。

 三代目と四代目の区別がついていないのはご愛嬌という気もするが、だったら話は早い。


「とある村が病に苦しんでいます。治療のため卵を一つ分けて欲しいのです」


 ブロロロロ〜と返事をもらう。

 魔剣コクリュウソウに手を当てたエリシアの顔にパァッと笑顔が咲いた。


「私たちがドラゴン・イーターを退治したお礼に一個分けてくれるそうです。ドラゴン・イーターはドラゴニアの環境を大きく破壊していたそうです」


 のしのしと歩いていった長老ドラゴンは卵を一個くわえて戻ってきた。

 山のように大きな千年竜だが、その卵は人間が抱えられるくらい小さい。


 ブロロロロ〜。


 エリシアよ、息災でな。

 それが長老ドラゴンからのメッセージだった。


 バイバイと手を振ってからドラゴニアを後にした。

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