第114話 魔剣士最大の悩みというのは……

 明け方近くに一度目を覚ましたグレイは、浅い眠りの中で夢を見ていた。


 エリシアを世話している夢だった。

 当時は五歳で、足の小指をぶつけたくらいで泣いた。

 グレイが放置しておくと無限に泣き続ける。

 エリシアはそんな子供だった。


『ほら、エリィ。いつまでも泣いていると強い魔剣士になれないぞ』

『だって! 痛いもん!』

『やれやれ』


 強い魔剣士になる。

 当たり前の目標だった。


 エリシアはエリシアで、グレイが父親じゃないことは理解しており、後継者として育てられている自覚もあったはず。


(ウィンディはどうかな……)


 夢とうつつ狭間はざまでそんなことを考える。

 魔剣士を目指すことが、ウィンディの実力を向上させるのは間違いないが、幸せにつながるとは言い切れない。


(エリィと違う……ウィンディは今まで普通に生きてきた)


 グレイの胸に触れてくるものがあった。


「ナデナデしてください」

「はいはい」


 エリシアが寝ぼけているのだろう。

 グレイも半分寝ぼけており、素直に要求に従っておいた。


「ハグしてほしいです」

「仕方ないやつだな」


 体に腕を回してから、いざ抱きしめる時、とてつもない違和感に襲われた。


 明らかにエリシアより大きい。

 特に胸の辺りが。


 決定打となったのが「兄様〜。技を伝授してくれる約束、忘れないでくださいね〜。反故ほごにしたら針千本ですからね〜」という寝言。


 エリシアと同じ石けんの匂いだから油断していた。

 グレイの横で寝ているのはファーランで、しかも夢の中にいるらしい。


 エリシアは一体どこに消えた?

 グレイが自分のバカさ加減に呆れていると、シュタっと着地の音がして、入口に立っているエリシアと目が合った。


 笑顔である。

 が、目の奥が笑っていない。


「ししょ〜、ファーランと何をやっているのですか」

「違うんだ、エリィ。これはファーランが寝ぼけていてだな」

「寝ているファーランの体にイタズラですか」

「あのなぁ〜」


 冷静さを取り戻したグレイは「すまない」と頭を下げる。

 エリシアも子供じゃないから「悪いのはファーランの寝相ですかね」とほがらかに笑う。


 これで一件落着のはずが……。

 寝ぼけているファーランは仔犬みたいにグイグイ甘えて、グレイの体にのしかかってきた。


「こらっ! 起きなさい、ファーラン! 私の師匠を横取りしないでください!」

「あれ? 兄様じゃない?」


 エリシアは無理やりファーランを引っぺがした。


 ……。

 …………。


「見ましたか、グレイ。エリシアの嫉妬しっと深さを。私は思うのですよ。ウィンディをグレイの弟子にしたら、エリシアに良くない影響があるんじゃないかと。そうなったら国家の一大事だと思いませんか」

「ないですよ! 子供じゃあるまいし!」


 グレイたちは木の実のジュースを飲んでいた。

 硬い殻の中にほんのり甘い汁が入っており、エリシアが人数分取ってきてくれたのだ。

 これと果物一個を食べたら朝食は完了。

 千年竜の巣に向けて出発する。


 話題はもっぱら弟子に関することだった。

 エリシアもファーランも、自分の弟子がほしい! という気持ちはある反面、どう育てたらいいのか分からないのが本音らしい。


 弟子の育て方で迷う。

 これは魔剣士最大の悩みかもしれない。

 グレイだって正解を知らない。


(レベッカは子供がいるから、案外、レベッカが一番師匠向きかもな……)


 とは思う。


「私なんて物心ついた時から師匠がいましたからね」

「私だって物心ついた時から兄様がいましたからね」

「幼児から育てるのがいいのでしょうか?」

「グレイはどう思います?」

「そうだな……」


 エリシアは十八歳で、ファーランは二十一歳。

 弟子を後継者としてとらえるなら、十歳から十五歳くらい離れているのが理想かもしれない。


「俺とエリィは十九離れていたし、フェイロンとファーランも十七離れていただろう。そう考えると、ウィンディが二人の弟子になるのは歳が近すぎる気がする」

「ですって、ファーラン」

「なるほど、なるほど」

「て、師匠がウィンディを欲しいだけじゃないですか」

「まあな。俺とウィンディは十一歳離れているからな。後継者として申し分ない」

「ぶぅ〜」

「まあ、師匠と弟子の出会いは縁みたいなものだ。待っていれば才能の方からやってくるものさ」


 川を越え、森を抜けたところでグレイは足を止めた。


「見えてきたぞ。あそこに千年竜の巣があるんじゃないか」


 行く手には切り立った山がそびえていた。

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