第43話 攻めの剣、守りの剣、友の願い

 クロヴィスの熱弁は止まる様子がなかった。


『ぽっと出の十八の女が、国政に口を挟むなんてありえない!』


『正論を振りかざして、無知バカな民衆をあおるなど、悪しきポピュリズムだ!』


『キング・アーサーの末裔であるネロに女装を強いた! その昔、女装は敗軍の将に対するペナルティだった!』


『女神エリシアよりも、人間のエリシアが人気になるなんて、あってはならない現象なのだ!』


『そのせいで聖教会に対する献金が減ってしまった! ミスリルの魔剣士のせいだ!』


『エリシアは神の威信を損ねる存在!』


『若い信者たちを惑わす!』


『だから除外すべし!』


(こいつ……保身のために……)


(エリィの人気と才能に嫉妬しっとしているじゃねえか⁉︎)


 グレイは内心イラっとした。

 それはネロも同じらしく、


「しゃべりすぎだぜ、クロヴィス。もう勝った気になってんじゃねえよ。あと、エリシア嬢がいたから今日の王都があるってことを忘れるな」


 と恩師に注意した。

 クロヴィスにもプライドがあるから、


「ネロよ、お前の方こそ怖気おじけ付いたわけじゃないだろうな」


 とプレッシャーをかける。


「心配すんなって。一度グレイと本気で戦ってみたかったんだ。こんな機会、もう二度とね〜からな」


 二人の戦績は、九十九勝、九十九敗。

 前回はレベッカに仲裁されたが、今のペンドラゴンに二人の魔剣士を止められる者はいない。


「ネロ、どうしてもエリィを解放しないつもりか?」

「むしろ、オイラが聞きたいぜ。グレイの方こそ『魔剣士救済の計画』に賛同してくれないのか?」

「するわけないだろう」


 グレイは大剣の切っ先を向ける。


「エリィは絶対に守る。何があっても。この命に代えても。俺は昔、この剣に誓った」

「格好いいじゃねえか」


 ネロが子供みたいに口笛を鳴らす。


「グレイは昔からそうだよな。守る、守る、守る、守る、守る、守る……。バカの一つ覚えみたいに、守るの一点張り」

「魔剣士とはそういうものだろう。お前は違うのか、ネロ」

「ちょっと違うね」


 即答された。


「取捨と選択だね。一から十まで全部守れるわけないだろう。何を守り、何を犠牲ぎせいにするか。オイラが決める。この世の不幸を最小化するため。この剣で決める。時と場合によっては、一定のコストが必要となる。平和の値段は安くない。水や空気のように当たり前じゃない」


 対照的。

 だからこそ二人はずっと好敵手ライバルだった。


「オイラは攻めの剣で、グレイは守りの剣だろう」


 鳶色とびいろの目がきゅ〜っと細められる。


「誰かを守ろうとする時、人間は一番強い力を発揮する……だったっけ? なぜかオリハルコンはその手の思想の持ち主が多いよな」

「オニキスは違うのか?」

「守りたいものを全部守る。そんなの傲慢ごうまんだね。思考停止ってやつじゃないか。青臭い理想を振りかざせるのは、全知全能の神様だけだ。人間は代償だいしょうを支払う必要がある。コミュニティの誰かを犠牲にする。それがハイランド王国一千年の歴史ってやつだろう」


 ネロの表情は真剣だ。

 戦いたくてウズウズしている、狂戦士の目つき。


「来いよ、グレイ。エリシア嬢を返してほしかったら、オイラを斬り捨てて、奪ってみろよ。この世で一番大切なんだろう」

「そうだな。エリィを助けるためなら、親友のお前だろうが、俺は叩き斬る」

「いいな。グレイの怒り狂った顔、本当に久しぶりだぜ」


(魔剣士同士のバトルは禁忌きんき……)


(でも、これは信念と信念の戦い……)


(死ぬまで引かない、きっと、両者とも)


 ネロの願い。

 魔剣士をこれ以上死なせたくない。


 痛いほど分かる。

 そんな方法があるのなら、グレイだって賭けてみたい。


 死んでほしくないから。


 ネロも、レベッカも。

 もちろん、エリシアも。

 これから誕生する魔剣士も。


 でも、認めない。

 エリシアを犠牲にする未来だけは、断じて許せない。


 自分で自分を否定することになるから。


 昔、誓ったのだ。

 何があってもエリシアを守り抜くと。

 あの約束がグレイを強くした。


「クロヴィスに確認なのだが……」


 ネロが低い声でいう。


「オイラとグレイが交戦したら、礼拝堂は間違いなくぶっ壊れる。いいんだよな?」

「構わない。そろそろ建て替える必要があるからな。信徒から金を集めて再建するだけだ」

「よしっ! じゃあ、解体工事がはかどるよう、大暴れしね〜とな!」


 ネロが手のひらに拳を打ちつける。


「もう一度聞くぞ、ネロ。話し合う気はないのだな」

「もう手遅れだぜ、グレイ。今ごろ聖教会の兵がレベッカの家族を拘束している」

「そうかよ」


 グレイはふぅっと長い息を吐いた。


「分かった。お前の望み通り、本気で戦ってやる」


(エリィ……すぐに解放してやる)


(もう二度とお前を一人にしない)


 先に魔剣を解放したのはグレイ。


「我が命を食らえ……魔剣グラム」


 犬歯で親指を裂いた。

 燃えるような血を大剣に垂らす。

 ぼう、と仄暗ほのくらい炎があがった。


 ネロもすかさず腰の剣を抜く。


「オイラの命を食らえ……魔剣エルドリッチ」

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