第42話 裏切りのマジックナイト

(これは悪い夢なのか……)


「感謝するぜ、グレイ。オイラを信用してくれてよ。プレゼントの贈り主がグレイだったから、エリシア嬢は油断した。この石が魔法道具マジック・アイテムと疑いもせずに身につけた」

「おい……ネロ……」

「ミスリルの魔剣士に就任後、エリシア嬢は初めてミスらしいミスを犯したことになる」

「お前……本当に……」


 ネロは拾ったペンダントをクルクルと回した。


「なんでエリシア嬢がレベッカを手元に置いたか分かるか? レベッカのことを一番信用しているからだ」

「…………」

「なんでエリシア嬢がオイラを手元に置いたか分かるか? オイラのことを一番警戒しているからだ。正解だぜ。オイラみたいに何しでかすか分からない危険分子は、手元でしっかり監視しね〜とな。寝首をかかれる前によ」

「まさか、最初からエリィの命を?」

「勘違いするな、グレイ」


 ネロの手がこっそり魔剣に伸びたのを、グレイは見逃さなかった。


「必要なんだよ。この国のために。魔剣士のために。エリシア嬢は欠かせない存在だ」

「エリィに何をさせる気だ?」

「次のアヴァロンを殺させる」


(それは二十年とか先の話……)


 グレイはハッとした。


「オリハルコンの魔剣士、十年ぶりに帰還する。このニュースでオイラは閃いたのさ。グレイは歳を取っていなかった。一人だけ十年前のままだった。こんな現象、有史では初だろう」

「まさか、その石を使って……」

「次のアヴァロン襲来までエリシア嬢を封印する。そしてアヴァロンを殺してもらう。戦いが終わったら、また封印する。次にアヴァロンが襲ってくる日までな。これを延々と繰り返す」


 理屈だけなら、無限にアヴァロンを殺せる。

 エリシアは最強の実力をキープしたまま、未来永劫人々を守り続けられる。


「なあ、グレイ。この千年で何人の魔剣士がアヴァロンに食われて死んだと思っている?」

「だからって、エリィを犠牲にしていい理由にはならない」

「二百五十七人だ」


 ネロは冷たくいう。


「いや、違うな。グレイが生還したから、二百五十六人か。この中にはグレイの師匠も含まれている。オイラの師匠やレベッカの師匠もな」

「繰り返すが、エリィを兵器みたいに使うことは許さない」

「それはお前の意見だろう」

「どういう意味だ?」

「エリシア嬢はどう思う?」


 思いもよらない質問に、グレイは戸惑いを隠せない。


「まさか、エリィが望むというのか?」

「オイラは信じるぜ。エリシア嬢は聖女だからな。自分の命一つで、何万、何十万、何百万の命が救えるのなら、人柱になる運命を受け入れるだろう。文字通り、救世主メシアとなる。アヴァロンの恐怖から、ハイランドの全国民を解放する」


 グレイがゾッとしたのは、ネロのアイディアに恐怖したというより、エリシアなら本当に受け入れる気がしたからだ。


 もしグレイが、エリシアの立場なら……。

 もしネロが、エリシアの立場なら……。


 自分一人を犠牲にして、ハイランドの未来を救うだろう。


 魔剣士とはそういう生き物だ。

 グレイの心と理性が自己矛盾を起こしかける。


「でも、俺は許さない。レベッカだって許さないはずだ」

「なら、いい情報を教えてやるよ。今、聖教会の兵がレベッカの自宅に向かっている。目的は言わなくても分かるよな」


(レベッカの旦那さんと子供二人を拉致らちするためか……)


 グレイは思いっきり舌打ちした。


「家庭を持つのはメリットばかりじゃない。子供は無力だから守る必要が出てくる。エリシア嬢の将来と我が子の将来、レベッカならどっちを優先すると思う?」

「ペンドラゴンの郊外に小型モンスターが出たという情報も、お前が流したのか? レベッカを王都から引き離すために?」

「ご明察だぜ。聖教会の信徒を使ってな」

「お前、本当にネロか? 計画が緻密ちみつすぎるだろう。本当は魔物に操られているんじゃないか。俺が知っているネロは、もっとバカで、単純で、駆け引きとか嫌いなやつだった」

「クックック……」


 グレイは反駁はんばくしたが、ネロの主張に一理あることの裏返しだった。


(でも、ネロの構想には一個だけ穴がある……)


「その石だよ。ハーデス神の棺石といったな。効果はどうなんだよ。本当に神話の通りなのか」


 エリシアをむしばまないのか?

 いつまでも封印できるのか?

 石が盗まれてしまった時のリスクは?


 一箇所でも歯車が狂ったら、ネロの妄想は瓦解がかいする。


「石の力は本物だ」

「どうして言い切れる?」

「これは神話を模して作られた石じゃない。この石を元に神話が作られたのさ」

「卵が先か、ニワトリが先か、というやつか?」

「そうだ」


 グレイは眉根を寄せる。


 神話は人が作った。

 その点は納得できる。


 そして神話にはモチーフとなる実話が存在する。

 ネロが言いたいのは、


『この石の存在がベースとなって、ハーデス神の棺石のエピソードは生み出された』


 ということらしい。


「信じられない。危険すぎる魔法道具マジック・アイテムだ。もし実在するなら、俺も一度くらいは耳にしている」

「いいや、魔剣士ですら立ち入ることの許されていない魔法道具マジック・アイテムの保管場所が一個あるね」

「だって……あそこは……」


 王宮。

 その地下にあるアーサー王の遺物置き場。


 アーサー王による封印が千年前から生きており、直系の男子でなければ立ち入れない。


(確かにアーサー王の遺物なら、ヤバい魔法道具マジック・アイテムが眠っていても不思議はないが……)


「もういい、ネロ。これ以上の話は時間のムダだ」


 横槍を入れてきたのは大祭主クロヴィスだった。


「グレイ殿には、実力で理解してもらうしかない。キング・アーサーの末裔まつえいである、お前の本当の実力を見せてやれ」

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