第41話 ハーデス神の棺石《ひつぎいし》

『王都ペンドラゴンの郊外で、小型モンスターの群れが確認された』


 民からの報告が舞い込んだのは、建国記念日キング・アーサー・デイの三日後だった。

 エリシアは偵察のため、すぐにレベッカの派遣を決めた。


「くぅ〜、本当なら私が直接向かいたいですが……」


 落ち着きなく部屋をウロウロするエリシアの胸元には、例のペンダントが輝いている。


「安心しろ。レベッカなら問題ない。あくまで目撃情報だしな。何かの間違いという可能性もある」

「ですかね……」


 エリシアは椅子に深く腰かけて、ペンダントの石をいじった。


「考え事をする時や、リラックスしたい時に、よく触っています。師匠を近くに感じるみたいで落ち着きます」

「喜んでもらえて何よりだ」


 ペンダントは安物だったが、エリシアが身につけると、家一軒くらいの価値がありそうに思えてしまう。


 コンコンとノック音がした。

 入ってきたのはネロ。


「エリシア嬢、そろそろ大聖堂へ向かう時間ですぜ」


 ネロはメイド姿……じゃない。

 聖教会の白いローブをまとっている。

 ペナルティの変装は昨日で終了したのだ。


「何ジロジロ見てんだよ、グレイ。美少女メイドじゃなくてガッカリした?」

「いや、メイド時代のネロの方が溌剌はつらつとしていた気がする」

「マジか〜。バレたか〜」


 本人いわく、メイド状態だと周りからチヤホヤされるらしい。

 お菓子を分けてもらえる、とか。


「そういう時、損したわけじゃないけれども、損した気分になるよな」

「ケッケッケ……分かっているじゃねえか」


 エリシア、グレイ、ネロの三人で大聖堂へ向かう。

 クロヴィスと打ち合わせするため、エリシアだけ奥の部屋へ呼ばれる。


 待つ間、グレイとネロは礼拝堂の最前列に腰かけた。

 でっかい女神エリシア像を二人で見上げる。


「オイラさ、突拍子もないアイディアを思いついちゃったのだが……」

「何だよ。新しい魔法技でも閃いたのか?」

「アヴァロンの脅威をゼロにする方法」


 グレイは、信じられない、という顔を向ける。


「本気かよ。厄災のアヴァロンだぜ」

「まあ、ゼロっていうのは誇張表現なのだが……」

「でも、有力な対抗策があるなら知りたいな。奴らは散々魔剣士を食ってきた。俺たちの同胞を、この千年間、ずっと」


 グレイの師匠もその一人だ。

 まさに目の前で食い殺された。


「レベッカの家に行ったらしいね」

「ああ、旦那さんの手料理を振舞ってもらった」

「どうだった? 楽しかった?」

「幸せな家庭だと思った」


 グレイは三日前のシーンを思い出す。


「レベッカは二児の母だ。魔物に殺される、なんて不幸は避けるべきだ」

「そうだね。魔剣士は戦死する。オイラたちにとっては当たり前だけれども、よくよく考えると、救いがないっていうか、変なシステムだよね。そのくせ子供は魔剣士に憧れる」

「同感だ」


 ネロのアイディアというのは、魔剣士の生存率を上げる方法らしい。


「もう一個グレイに質問。ハーデス神の棺石ひつぎいしって知っている?」

「ヒツギイシ? 神話に出てくるアイテムだろう。確か効果は……」


 ハーデス神は謀叛むほんを起こした。

 冥府の軍勢を率いて、父や弟と戦った。


 そこで猛威を振るったのがハーデス神の棺石だ。

 相手を次々と中へ封印したのである。


 ハーデス神は楽園を支配する一歩手前までいった。

 戦乙女ヴァルキリーの参戦により、ハーデス神の棺石は割られてしまい、痛恨の逆転負けを食らってしまう。


「棺石がどうした?」

「その中に封印する」

「まさか、アヴァロンを?」


 ネロは質問に答えず立ち上がる。


「最強だからって、攻略法が存在しないわけじゃない」


 ちょうどエリシアとクロヴィスが戻ってきた。


「お待たせしました、グレイ、ネロ。王宮へ帰りましょうか」


 嫌な予感がグレイの背中を伝った。


 ネロが指を鳴らす。

 反応したのはエリシアの胸元。


 ペンダントの石があやしく発光して、重力が倍化したみたいに、エリシアの体がその場に崩れた。


「これは、一体……」


 呪文マントラのヴェールがエリシアの手足を包んでいく。


「全身から……力が抜けて……」


 石像が風化していくみたいに、エリシアの体は光の粒となっていき、ペンダントの石に吸い込まれてしまった。


(まさか⁉︎ これがハーデス神の棺石⁉︎)


(神話の魔法道具マジック・アイテムだろう……なぜ実在する⁉︎)


 断言できるのは一つだけ。


 ネロは閉じ込めたのだ。

 かつてハーデス神が父や弟を封じたみたいに。

 最強の象徴とされるミスリルの魔剣士を完全に無力化させてしまった。


「最強だからって、攻略法が存在しないわけじゃない」


 ネロが勝ち誇ったように言う。


 持ち主を失った魔剣アポカリプスが、冷たいタイルの床を転がった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る