第44話 魔剣エルドリッチの特殊能力

 たまたま一組の信徒が礼拝堂に入ってきた。

 この不運なカップルは、ネロの魔剣解放シーンを目にするなり、


「きゃあ!!!」

「うわぁっっっ!!!!!!」


 と絶叫して、転がるように逃げていった。


(魔剣エルドリッチ……いつ見ても不気味だな……)


(邪悪さという点において、コイツの右に出る魔剣はいない)


 ネロの左手首には特殊な腕輪バングルが巻かれている。

 太い血管を守るための防具なのだが、おかしなことに、裂け目が入っているのだ。


 幅は短剣が刺さるくらい。


 ネロは自分の手首に魔剣エルドリッチを突き立てる。

 顔色一つ変えることなく、奥へずぶずぶと刺していく。


 おびただしい量の血がこぼれ、魔剣エルドリッチは持ち主の手首を貫通した。


「さぁ、どっちの魔剣が強いのか、勝負しようぜ。オイラの魔剣エルドリッチが勝つのか、グレイの魔剣グラムが勝つのか。一生に一度のバトルだな」


(来る……)


 ネロの闘気オーラが一気に跳ね上がった。

 体に収まりきらない魔力が雷火スパークとなり、白い髪とローブをふわふわと揺らす。


 ネロは薄く笑った。

 鳶色だった目は、血のように赤い。


 冗談でもなく、誇張でもなく、ハーデス神が目の前に降臨こうりんしてきたようなプレッシャーをグレイは感じる。


(魔剣エルドリッチは、腐食と再生をつかさどる……)


 持っている能力は異質だ。

 本来ならモンスターしか持ちえない再生能力を、魔剣の使い手に付与ふよするのである。


 その証拠に、手首から魔剣エルドリッチを引き抜くと、ネロの流血はピタリと止まった。


「さてと……」


 ネロが剣を払う。

 ザクロのような血がタイルに線を引く。


「来ないのか? なら、オイラから行くぞ」

「言われなくても、やってやるさ」


 二人が動いたのは、ほぼ同時。

 魔剣士らしく互いの技をぶつけ合う。


 裁きの十字グラン・クロス

 雷公鞭サンダー・ボルト


 二つの魔力がぶつかり、膨張し、爆発した。

 初手の威力はまったくの互角だった。


 これは良くない情報である。


 グレイにはない。

 裁きの十字グラン・クロスの上が。


 しかし、ネロは違う。

 二つか三つか分からないが、雷公鞭サンダー・ボルトの上があるだろう。


 ネロの魔力は歴代オニキスの魔剣士の内、最強クラス。

 という評価はグレイが現役だった十年前のものであり……。


(こいつ……昔より確実に強くなっている)


「グレイの考えていることは分かるぜ。オイラの強さにビビっただろう。魔法がムリ。なら、剣で勝負する。そういう戦法だろうが……」


 ネロは矢継ぎ早に流星弾コズミックを飛ばしてくる。

 接近できるものなら接近してみろ、と。


 エネルギー弾のせいで近づけないグレイは、円弧を描くように移動しながら、命中しないようにするのが精一杯だ。


(どうする? ネロには再生能力がある……)


(小さい一撃で隙を作り、大きな一撃につなげるか……)


 グレイは魔法の槍を飛ばした。


 ネロは避けない。

 穂先ほさきかすめ、頬に赤い線ができる。

 それも数秒で再生する。


「この程度のダメージじゃ、オイラの魔力を削れても微々たるものだね」

「くそっ……」


 ネロは魔剣エルドリッチを持ち上げた。

 次々とエネルギー弾を生み出して、頭上にストックしていく。


 流星乱舞コズミック・カーニバル


 グレイは防護結界シールドを展開させて防ぐ。

 正面から受け止めたせいで、せっかく詰めたネロとの距離が開いてしまう。


(これもジリ貧か……)


 でも、分かったことがある。

 ネロは接近されるのを最大限に警戒している。


 再生能力があったとしても、魔剣グラムの一撃は食らいたくないのだろう。


 その意思が透けて見えた。

 グレイにとっては大きな収穫である。


(少なくとも、ある、勝機は、ある)


 ネロを見た。

 バトル開始位置から動いていない。


 まず、一歩。

 ネロを移動させる。


 グレイは目標を小さくした。

 コツコツと、地道に、一つずつ。

 それが歴代オリハルコンの魔剣士のやり方だった。


 泥臭くていい。

 華々しい勝利の裏には、いつだって泥臭い努力と工夫が隠されているものだ。


「おい、ネロに一つ質問だ」

「何だよ、急に?」

「もし、俺の魔剣グラムが……」


 グレイは自分の眉間みけんをトントンする。


「そのアーサー王より美しい顔をぶった斬っても、傷跡とか残らないだろうな」

「クックック……安心しな……再生できないのは、オイラの魔力が枯渇こかつして、死ぬ時だけだ」

「そうか。聞けて良かった。お前は王都の子供に人気だからな」


(攻略の糸口がないわけじゃない……)


 気持ちを悟られないよう、ゆっくりと魔剣グラムを構え直した。

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