第8話 お前だけでも生き延びろ!
「させるかよ!」
グレイは左手の魔法を発動させて、井戸に金属のフタをした。
吸い込まれそうだったエリシアをすんでのところで奪い返しておく。
「危なかったな。痛いところはないか?」
「うん、平気だよ、師匠」
エリシアは白い歯を見せて笑うが、楽観できる状況ではない。
むしろ真逆。
グレイの横槍に激怒するかのように触手が暴れまくる。
背後から一本襲ってきた。
サイドステップで避けると、着地した場所目がけて次の一本が伸びてくる。
グレイは大剣でなぎ払い、追尾してきた触手を斬っておいた。
「マズいな。アヴァロンの覚醒が近いかもしれない」
「ねぇ、師匠、早く逃げようよ」
「そうしたいのは山々だが……」
逃げることは可能。
グレイとエリシアの二人ならば。
いったん活動を開始したアヴァロンは、人々が暮らしている集落を片っ端から襲い、何千何万という命を食らうだろう。
「まさか……」
もっとも恐ろしい可能性にたどり着いたグレイは愛弟子の顔をまじまじと見つめた。
エリシアが秘めている膨大な魔力に反応したというのか。
そのせいでアヴァロンの覚醒スピードが上がった可能性は否定できない。
グレイの推測を裏付けるように、
「オマエ……ウマソウ……」
くぐもった声が井戸の奥から
「うえっ⁉︎ 井戸がしゃべった⁉︎」
「くそっ……もう目覚めたか」
万事休すか。
グレイは大剣を構える。
「ちょうどいい。エリィに授業だ。アヴァロンは人語をしゃべる。片言だがな」
エリシアの喉がごくりと鳴る。
「あとアヴァロンには再生能力がある。触手は斬っても斬っても復活する」
足元の地面が裂けた。
小脇にエリシアを抱いたままバックステップして伸びてきた複数の触手をかわす。
「そしてアヴァロンの再生は無限じゃない。向こうの魔力が尽きたら再生できなくなる」
地面が粘土みたいに持ち上がり、半球状のドームができあがる。
その一部が
アヴァロンだ。
この千年、いや、有史より以前から人類を苦しめてきた。
あらゆる魔剣士の敵。
十年ぶりに太陽の光を目にしたであろうアヴァロンは、目玉だけギョロギョロ動かした後、伸び放題だった触手をすべて引っ込めた。
「オマエ……ウマソウ……」
グレイの予感は的中していた。
アヴァロンの目はエリシアの魔力を狙っている。
「俺の愛弟子をジロジロ見てんじゃねえよ」
グレイは金属の槍を三本生成すると、弓矢のように発射してアヴァロンの目玉に突き刺す。
ギュルギュルギュルッ〜!
この世のものとは思えない悲鳴が上がり、周囲の大気を揺らした。
「やった! 効いた!」
「…………」
わずかな希望を打ち砕くかのように、
「オマエ……スコシ……ウマソウ……」
と舐めたセリフが返ってくる。
少し
アヴァロンにとってグレイは
どこまでも腹が立つ。
自分の無力さも含めて。
グレイに片目を潰されたアヴァロンは、地中から大量の触手を出してきて、師弟コンビを鳥かごのように閉じ込めた。
「きゃ⁉︎」
「捕まってたまるかよ」
グレイは触手をぶった斬る。
しかし再生スピードが速いせいで再び閉じ込められてしまう。
「ど……どうしよう、師匠⁉︎」
「落ち着け」
グレイは左手を三閃させる。
魔力で作り出した刃で三角形の穴を開けた。
「エリィに最後の指令だ」
「えっ……」
エリシアの体を遠くに放り投げた。
落下点に魔法のネットを張ってやると、ワンバウンドしたエリシアの体が草むらを転がる。
「ちょっと! 師匠!」
「村長さんにお願いして都へ連れて行ってもらうんだ」
「師匠は⁉︎」
「俺はここで食い止める」
もう用がないであろう所持金もエリシアの方へ投げておいた。
「ルビーの魔剣士、レベッカを頼れ。エリィに道を示してくれるはずだ」
「師匠はどうするの⁉︎」
エリシアが涙声になっている。
「エリィも一緒に戦うよ!」
「やめろ!」
初めて弟子を
二人の間を冷たい風が吹き抜けた。
「エリィのこと、お願いできますか」
グレイの意を受けた村長がエリシアを後ろから抱っこした。
当人は激しく抵抗しているが、村長の方も離さないよう必死である。
「師匠! 師匠! 師匠! エリィを一人にしないで!」
涙でくしゃくしゃになった愛弟子にグレイは背中を向けた。
「今まで隠してきたが、お前には才能がある。俺なんか比較にならないくらいの才能が。一日でも早く開花させろ。そして魔剣士になれ。誰よりも強い魔剣士にな」
「嫌だよ……ししょ〜」
「弟子って言うのはな、師匠より長生きするものなんだよ。だから……」
グレイはすうっと息を吸い込んだ。
エリシアを拾ってから約六年。
長いようで短かった。
人生に意味なんてあるのか、グレイは知らない。
もし意味があるというのなら、エリシアに
「お前だけでも生き延びろ!」
悲しい気持ちを振り切るように強く地面を蹴った。
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