第9話 魔剣グラムと黒き炎

 土砂の崩れる音がして、アヴァロンの全容があらわれた。


 このモンスターを形容するなら黒い太陽だろう。

 暗いモヤのようなものをまとっているから全身が燃え上がっているように見える。


 ピカピカした目は金貨のようにのっぺりしている。

 特に恐ろしいのは体の半分あろうかという巨大な口だ。


 内側には無数の小さな牙が並んでおり、拷問ごうもんの器具を連想させるのに加えて、アヴァロンが大食らいであることを示唆しさしている。


 手足はない。

 そういう概念がないというだけで、触手を束ねれば四足歩行と同じことができる。


 グレイは魔法の槍を飛ばしてアヴァロンの両目を潰しておいた。

 すぐに再生されるから挨拶あいさつ代わりの一撃である。


「よう、十年ぶりだな。お前にとっては寝て起きたら十年経っていた感じか」

 

 アヴァロンの目玉から血液のようにドロっとした瘴気しょうきがこぼれる。


「イタイ……イタイ……イタイ……イタイ……イタイ……イタイ……」


 捕食者の体がブルブルっと震えた。

 かと思いきや、ふわぁ、とマヌケな欠伸あくびが飛び出た。


「イタイ……ヒサシブリ」


 黄色の目がニヤリと笑う。


「イイ……キモチイイ」


 どこまでも人を小バカにした魔物といえる。

 アヴァロンにとって人類はエサであり、圧倒的な弱者であり、コミュニケーションの相手に過ぎない。


「穴だらけにしてやるよ、腐れヤロー」


 グレイは上空に百本の槍を展開させる。

 ありったけの殺意を込めて雨のように降らせる。


 グサグサグサグサッ!

 アヴァロンの肉体を串刺しにするとハリネズミのような有様となった。


 ギュルギュルギュルッ〜!


 アヴァロンが地面をのたうち回る。

 苦しそうに転がったのも束の間、腕のようなものを生やして起き上がった。


「オマエ……イイ」

「……?」

「スキ……スキ……スキ……スキ……モット……モット……モット……モット」


 刺激が楽しいらしい。

 遊ばれた気分のグレイは舌打ちする。


「このマゾ野郎め」

「アソブ……アソブ……アソブ」


 アヴァロンの目がイエローからピンクに変わる。

 まさかの『お友達認定』というやつか。


「オマエ……オリハルコン……カ?」

「何だよ、魔剣士のことを知っているのかよ」

「マケンシ……スキ」


 アヴァロンは口を三日月のように吊り上げると、ハァハァ、と熱っぽい息を吐いた。


「マケンシ……ウマイ」

「黙れ」

「タクサン……タベタ」

「それ以上、ほざくな」

「オリハルコン……タベタ」


 グレイの中でプツンと切れる音がした。


「オンナ……ダッタ」(女だった)


「ツヨク……ナカッタ」(強くなかった)


「デモ……オイシカッタ」(でも美味しかった)


「ダカラ……スキ……スキ……スキ……スキ」(だから好き)


「オマエモ……クウ」(お前も食べる)


「エリィモ……クウ」(エリシアも食べる)


「クワセロ……クワセロ……クワセロ」(食わせろ……食わせろ……食わせろ)


 アヴァロンの独り言に耳を貸すほどグレイはお人好しじゃない。

 さっきから大技の詠唱に入っている。


「その口をぶっ壊して二度と食事できない体にしてやるよ!」


 巨大な魔法陣を展開させると、天体を模したサークルから七本の光がほとばしり、天と地を一つに結んだ。


 大七星陣グラン・シャリオ

 触れたものを抹消まっしょうする閃光がアヴァロンの体を貫通していった。


「ヤケル……ヤケル……イタイ……イタイ」


 グレイの攻撃はまだ終わらない。

 今度はアヴァロンの頭上にサークルを展開させる。


 裁きの十字グラン・クロス

 修得している魔法の内、最大火力の一撃を叩きつける。


 アヴァロンの体は四つに割れて、ものすごい量の瘴気をばらまいた。

 目玉は焼け焦げ、牙が飛び散っても、このモンスターは笑っている。


「オマエ……ツヨイ……ヤルナ」

「お前もな。とことん切り刻んでやるよ。百回再生しようが、千回再生しようが、金輪際こんりんざい笑えない体にしてやる」

「グフ……グフ……グフフフ……グフフフフフ……」


 グレイの感情を逆撫さかなでするように、アヴァロンの目がピンクから赤色に進化する。

 さっきの連続技で『お友達バロメータ』が上昇したというわけか。


 許さない。

 笑いやがった。

 グレイの師匠を、累代の魔剣士たちを。


 どんな手を使ってでも、相討ちになったとしても、この場でアヴァロンを葬り去ってやる。


 エリシアのために。

 自分のプライドのために。


 正義とか使命じゃなくて。

 グレイがグレイであるためにアヴァロンを討つ。

 それ以外に理由は要らないだろう。


 グレイは左手の親指を犬歯で裂いた。

 あふれてきた血を数滴、大剣の腹に垂らしていく。


「我が命を食らえ……魔剣グラム」


 大剣が仄暗ほのくらい気炎をまとうと、トクン、と鼓動の音がした。

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